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『らんたん』#963


なぜ、学ぶのか。

答えは人によっていろいろだと思います。わたしは知識を得ることで見る目を養い、自分の言葉を獲得することが楽しいと感じるし、なにより世界が広がることがうれしい。

でも、これは学んだ立場からの結果論かもしれないですね。

子どもなら、ウニョウニョして訳の分からない文字を追うよりも、野原で犬を追いかけていた方が楽しいですもん。

恵泉女学園の創立者・河井道もそうでした。

教育を受けられなかった母から諭されるも、学校から逃げ回った河井道。親の都合で三重から北海道へ移住した後、ようやく学ぶことのおもしろさに目覚めます。

女性に対する教育が当たり前ではなかった時代に、アメリカ留学を果たし、教育に生涯を捧げた人生。

柚木麻子さんの小説『らんたん』は、そんな河井道の「光をシェアする」精神を描いた小説です。

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『らんたん』

(画像リンクです)

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<あらすじ>
大正最後の年。かの天璋院篤姫が名付け親だという一色乕児は、渡辺ゆりにプロポーズした。 彼女からの受諾の条件は、シスターフッドの契りを結ぶ河井道と3人で暮らす、という前代未聞のものだった……。


河井道が、「シスターフッド」の関係にあった渡辺ゆりと共に、1929年に創立した恵泉女学園は、いまでは中高一貫校となり、大学もあります。で、実は柚木麻子さんの母校でもあるそう。

河井道は伊勢神宮の神主の娘として生まれたにも関わらず、洗礼を受け、キリスト教に改宗。アメリカのブリンマー女子大に留学する機会に恵まれるなど、高等教育を受けられた女性なんです。

道に学ぶことの喜びを教えてくれた人々が、とにかく豪華。明治から大正、昭和にかけての女性運動、女性の教育運動に関わった人たちが多く登場します。

北海道で出会ったのは、新渡戸稲造。五千円札の人です。河井道が留学する際、一緒の船に乗るんですが、長旅に飽きた新渡戸に、「日本を紹介する本を英語でお書きになっては?」と提案。それが『武士道』です。マジか。

(画像リンクです)

留学を勧め、手配してくれたのは津田梅子。現在の津田塾大学の創立者です。アメリカでは偶然出会ったご夫婦がロックフェラー家の人だったり、野口英世に会ったり。反抗的な教え子の中には、平塚らいてうがいます。北海道時代からアメリカ、東京でも「腐れ縁」のように付きまとうのは、白樺派の作家・有島武郎。

『赤毛のアン』を翻訳した村岡花子や、実業家の広岡浅子など、朝ドラメンバー勢揃いな感じです。

村山由佳さんの小説『風よ あらしよ』とも、登場人物が重なっています。

2作を読んでみると、伊藤野枝は学びの熱意が燃えるようだったのに、恋を優先してしまったように思います。家事と育児に追われ、男たちの政治議論を横で聞くだけの生活に、焦りを感じるシーンもありました。

一方で、津田梅子も河井道も、生涯独身を通します。

ソウルメイトといえる同志=シスターフッドはありますが、恋に関する話はゼロ。そこはちょっと不思議な感じもしますね、正直に言って。

『らんたん』には、伊藤野枝の書いた記事に対して、「論理がおかしい」と切って捨てる話が出てきます。そりゃー受けた教育が違うもん……と思わざるを得ない。

ド底辺で、信念を磨き続けた伊藤野枝。

上流から、無邪気に大胆に信念を説いた河井道。

どちらの女性も、教育によって、自分を縛っていた旧弊から抜け出したことを考えると、学ぶことの可能性を強く感じさせます。

有島武郎や徳冨蘆花との対立の中で、道が叫ぶ言葉にはハッとさせられました。

「なぜ、文学作品は女性が死なないといけないの!?」

斎藤美奈子さんが『妊娠小説』の中で、男性の小説家は、「話の展開に困ると女性を妊娠させる」と喝破したことを思い出しました。

(画像リンクです)


バンクーバーで、新渡戸稲造と河井道が夜景を眺めるシーンがあります。

真っ暗な夜しか知らない道にとって、文明の灯りは奇跡のようなもの。自分が味わい、手にした「灯り」を、多くの人々にシェアすることを使命と考えるように。

理想主義者と揶揄されながらも、自分の夢を強く信じた人だったともいえそうです。


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