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『むかしむかしあるところに、死体がありました。』#950

子どものころから慣れ親しんできた昔話。いまではCMキャラクターにもなっている昔話の世界。 それが、ミステリーになってしまったら? 青柳碧人さんの『むかしむかしあるところに、死体がありました。』は、「浦島太郎」や「鶴の恩返し」といった昔話を、ミステリーの定型にあてはめて再解釈した小説です。 いやー、こわいおもしろいだわ。この世界。 ☆☆☆☆☆ 『むかしむかしあるところに、死体がありました。』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 新井久幸さんの『書きたい人のためのミステリ入門』には、「三種の神器」について紹介されています。 ・謎 ・伏線 ・論理的解決 書きたい人も、読みたい人も手に取りたい超一級のブックガイド 『書きたい人のためのミステリ入門』 #536   この「三種の神器」を駆使して、フーダニット(犯人は誰か)、ハウダニット(どうして・どうやって)、ホワイダニット(なぜそんなことをしたのか)の小説が紡がれていくわけです。 これを踏襲している『むかしむかしあるところに、死体がありました。』は、ほのぼのした昔話の世界を、ゾワッと血の臭いがする舞台に変えてしまう。 たとえば、「鶴の恩返し」。本では「つるの倒叙がえし」というタイトルになっています。 この「倒叙」とは、物語の出だしで犯人や犯行の様子が明かされ、時間的な流れをさかのぼって記述すること。 「つるの倒叙がえし」の場合、冒頭で“庄屋さん殺人事件”が発生します。その裏側が明かされていくのですが、途中までは「鶴の恩返し」とほぼ同様。モラハラでDVな弥兵衛と、つうの生活が描かれます。 機を織っているときは、決してのぞかないでくださいと言う、つう。 これに対して機織り部屋の奥にある襖を、決して開けてはいけないと言う、弥兵衛。 この先がまさかの展開で、ミステリーらしい復讐劇になっています。 ちなみに、石原健次さんによる『10歳からの 考える力が育つ20の物語』でも、童話探偵ブルースが「鶴の恩返し」の読み解きをしています。 ブルースによると、「鶴の恩返し」はハッピーエンドなのだそう! 『10歳からの 考える力が育つ20の物語 童話探偵ブルースの「ちょっとちがう」読み解き方』#949   “みんな知ってる”世界だからこそ、こうしていろいろ遊べるのかも。それを受け入れる昔話って、奥が深いですね。

『10歳からの 考える力が育つ20の物語 童話探偵ブルースの「ちょっとちがう」読み解き方』#949

「誰かの靴を履いてみる」 英語の定型表現で、「他人の立場に立ってみる」「相手の視点から眺めてみる」といった意味をもっているのだとか。 わたしは、ブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を読んで、こうした表現があることを知りました。ダイレクトで分かりやすい表現ですよね。 少年の学校生活を通して知る“他者への想像力” 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』 #175   話は変わるようで続くのですが、この間、紹介してきた「児童書」や「絵本」のジャンルには、長く読み継がれている本が多くあります。 それだけ普遍的な内容だから、ということもありそうですが、一方でこの世代の本選びに大きな影響を持っているのがオトナであることを考えると、それは「誰にとって」良書なのか、という問題に気が付きます。 マジメで、正直で、努力して、よい結果を得る。 『アリとキリギリス』や『ウサギとカメ』、『泣いた赤鬼』に『さるかに合戦』は、本当にそんなお話なんでしょうか? 放送作家の石原健次さんによる『10歳からの 考える力が育つ20の物語』は、わたしが“主人公”だと思っていたキャラクターとは、違う立場の「靴を履いてみる」本。矢部太郎さんのイラストもかわいい、考えるための一冊なんです。 ☆☆☆☆☆ 『10歳からの 考える力が育つ20の物語 童話探偵ブルースの「ちょっとちがう」読み解き方』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ ブルースという童話探偵と、その秘書のシナモン(リス)が、「ミートバン」という乗り物に乗って、童話のすこし後の世界へと飛んでいく……というお話。 『3匹の子ブタ』なら、わらや木くずが散らばった現場。 『泣いた赤鬼』なら、青鬼の家。 「ミートバン」は、物語の名前を入力するだけで、時間も場所も飛び越えてシュンッ!と連れて行ってくれるんです。 めっちゃいいやん……。 もちろん、そんなSFな話ではありません。 たとえば『裸の王様』の回では、ふたり(?)は1300年代のスペインに向かいます。大きくて立派なお城と、つつましい庶民の暮らしのギャップを体験し、童話の読み解きに。 町に現われた詐欺師の言葉に、みんなが「見えない」と言えなくなった理由は、「空気を読んだから」と、ブルースは語ります。 “空気を読むとは、裏を返せば自分の気持ちや意見をかくすことだ。自分の人生を自分

『鹿の王』#948

いま、とても観たい映画があります。 小説の映画化あるあるな悩みなんですが、わたしが読んで感じていたお話と違うような気がして、観るのが怖くてなりません。観たいけど、観たくない。 アニメ映画化された、上橋菜穂子さんの小説『鹿の王』です。 映画「鹿の王 ユナと約束の旅」 公式サイト: https://shikanoou-movie.jp/ もともとの違和感は、映画館で予告編をみたときに起きました。 (こんな話だっけ……!?) 発刊は2014年。2015年の本屋大賞を受賞した小説です。8年も前に読んだ本だから記憶があやふやなのかもしれない。 わたしの中では、「故郷を失った男」の再生の物語でした。 ☆☆☆☆☆ 『鹿の王』上巻 (画像リンクです) 『鹿の王』下巻 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 強大な帝国から故郷を守るため、死兵となった戦士団<独角>。その頭であったヴァンは、奴隷に落とされ岩塩鉱に囚われていた。ある夜、犬たちが岩塩鉱を襲い、犬に噛まれた者たちの間で謎の病が発生する。高熱を出すも生き延びたヴァンは、幼い少女ユナを拾い、脱出する。 一方、岩塩鉱を調査した若き医術師ホッサルは、伝説の病「黒狼熱」ではないかと考え、治療法を探すことに。唯一の生き残りである、ヴァンを探そうとするが……。 飛鹿(ピュイカ)や火馬などの空想の動物と、現実にも存在するトナカイや狼など、たくさんの動物が登場しますが、宗教や食べ物は上橋さん独自の世界。これは文化人類学者としてアボリジニの研究をされた成果といえるかもしれません。 「もののけ姫」のアニメーター安藤雅司さんの監督デビュー作。制作は「攻殻機動隊」のPRODUCTION I.Gと、映画化にあたっての華やかな宣伝に触れる度、興味と不安だけがつのっていきました。 あの、壮大で膨大で繊細な物語が、どんな映画になっているのか。 いま、書きながら気が付きました。 副題が違うんです!!! 小説版の上巻は「生き残った者」、下巻には「還って行く者」の副題が付いています。一方、映画の方は「ユナと約束の旅」。 違う物語として観ればいいのかも!? 先に書いたように、この小説が発表されたのは2014年で、まだまだ東日本大震災と原発事故の痛みが残っている時でした。だからこそ、「生き残った者」という副題の重みに、ウッと刺さるような想いを抱いたこ

『ハリー・ポッターと賢者の石』#947

「あの子は有名人になることでしょう……伝説の人に」 “フツー”の家庭に預けられることになった幼いハリーに対して、マクゴナガル教授は、そう語りました。この時は、ハリーの行く末を信じつつも案じていたのですが、結局は予言通りになりましたね。 ハリー・ポッター。 小さな男の子の登場は、ファンタジーを受容する層を広げ、史上最も売れたシリーズ作品となりました。 全7巻の世界は、それぞれ映画化もされています。順番はこちら。 第1巻『ハリー・ポッターと賢者の石』 第2巻『ハリー・ポッターと秘密の部屋』 第3巻『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』 第4巻『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』 第5巻『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』 第6巻『ハリー・ポッターと謎のプリンス』 第7巻『ハリー・ポッターと死の秘宝』 J.K.ローリングはアイディアを思いついた時点で、全7巻とすることを決めていたそうですが、正直に言って。 物語としては第3巻までが抜群にまとまっていたし、中でも第1巻の「伏線」は、抜群に効果を発揮していたと思います。 ☆☆☆☆☆ 『ハリー・ポッターと賢者の石』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 「ハリー・ポッター」シリーズのストーリー自体は、古くからある物語の形式なんですよね。両親を亡くし、親類の家でいじめられながら育った子が、本来の自分を取り戻し、成長する。 それがこれほどまでに魅力的な物語になっているのは、ハグリッドが飼っている幻の動物や、ハリーがスター選手として活躍する魔法界のスポーツ「クディッチ」といった、サブストーリーにあったのではないかと思います。 荻原規子さんは『グリフィンとお茶を』の中で、『黄金の羅針盤』シリーズについてこう語っています。 “優れたファンタジーには作家の全人格が反映されるもので、たとえ理解できなくても、独特の味わいが感じ取れる。” これ、そのままJ.K.ローリングにも当てはまりそう……。 第4巻以下は、日本語版で上下巻というボリューミーな本となり、価格的にも「児童書」と呼べるモノではなくなりました。物語が複雑になったため、伏線の効果も薄まってしまったように感じます。 それでも第7巻までいくと、第1巻にすべてが詰まっていたことが明らかになるので、壮大な物語だったなーという感動は大。 もともとはJ.K.ローリングが1990年に、マンチェスターからロ

『グリフィンとお茶を ~ファンタジーに見る動物たち~』#946

物語の楽しみ方を、またひとつ知った。 現実の世界と空想世界をつなぐ、「動物」の存在。物語には欠かせないものです。 荻原規子さんの『グリフィンとお茶を』は、そんなファンタジー小説に登場する「動物」に焦点をあてたエッセイです。 ☆☆☆☆☆ 『グリフィンとお茶を ~ファンタジーに見る動物たち~』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ ファンタジー世界における動物は、ギリシャ神話や民話のイメージからとられていることが多いそうで、猪や雀、猫といったなじみのある動物はもちろん、ユニコーンやグリフィンなどの想像上の動物も登場します。 ファンタジーにおいて、絶対的に必要なもの。 それは現実世界との、しっかりとしたつながりなのだなと思わせる本でした。 本には、フィリップ・プルマンの『黄金の羅針盤』の動物=ダイモン(守護精霊)も取り上げられています。 『黄金の羅針盤』#945   小説の中に登場する「動物」を取り上げる。しかも、ファンタジー縛りで。めちゃくちゃ難題な気がするんですが、自身も物語を紡ぐ人だからこそ、気がつける違和感や共感の話に夢中になりました。 「ファンタジーって夢物語でしょ」と考えているオトナも多いようですが、それは偏見。この本を読むと、ウロコがゴソッと落ちますよ。 ヨーロッパのもの、日本のもの、時代もさまざまな児童書が取り上げられているので、ブックガイドとしても最適です。 荻原さんの、子ども時代から積み上げた読書量にアッパレを贈りたい。

『黄金の羅針盤』#945

来週の金曜日2月18日の「金曜ロードショー」で、ティム・バートン監督の「チャーリーとチョコレート工場」が放送されるそうです。 ジョニー・デップとのゴールデン・コンビは、今作でも健在。あのキッチュな世界観がたまらない映画ですよね。 宮野真守がジョニデの吹き替え!金曜ロードショーで『チャーリーとチョコレート工場』放送決定|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS   昨年の「ブックサンタ」で、原作となったロアルド・ダールの『チョコレート工場の秘密』を選ぶくらい好きなお話です。 『チョコレート工場の秘密』#885   でも、正直ちょっと子ども向けなお話といえるかも。大人も楽しめるファンタジー作品なら、だんぜん『黄金の羅針盤』シリーズがおすすめです。 現実の世界と地続きのパラレルワールド、魂が形となった守護精霊(ダイモン)など、ファンタジーならではの世界観はありつつ、ストーリーは科学と宗教による抑圧を描いた骨太なもの。 2007年に、イギリス児童文学書のための「カーネギー・オブ・カーネギー」を受賞した小説です。 ☆☆☆☆☆ 『黄金の羅針盤』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 両親を事故で亡くし、オックスフォード大学寮に暮らすライラと、ダイモンの「パンタライモン(パン)」が主人公。全3巻で、第1巻の『黄金の羅針盤』は、拉致された友人と北極探検家のおじを救うべく、北極へと旅をするお話です。 2007年には、クリス・ワイツ監督によって映画化されました。ダニエル・クレイグのイケメンっぷり、ニコール・キッドマンの輝くような美しさが際立ってましたよね。 現在、Amazonプライムで配信されているようです。 (画像リンクです) ライラの活発ぶりも夢中にさせてくれた要因でしたが、やっぱり「ダイモン」という存在がおもしろかったです。 ダイモンは大人になると形(動物)が決まってしまいます。コールター夫人の場合は猿、アスリエル卿はヒョウと、人物のキャラクターによって決まるんです。でも、子どもの頃は変幻自在。ライラのダイモンも、イタチの時が多いですが、鳥になって飛んだりもしています。 この、子どもの「自由さ」をとても感じられる物語です。 ダイモンとは一定以上離れることができない。他人のダイモンに触れてはいけない。そんなルールから、自分のアイデンティティを大事にすることは、人格形成に

『名前だけでもおぼえてください』#944

名前だけでもおぼえてください! 新入社員、営業部員に、売れないタレント。みんな、心の底から思っているのではないでしょうか。 「名前だけでもいいから……。わたしのことを認識してほしい」 安倍晴明によると「名こそ呪」となりますが、売れないお笑い芸人で、介護ヘルパーのアルバイトをしている保美にとっては切実な問題でした。 風カオルさんの小説『名前だけでもおぼえてください』は、主人公の保美が、認知症を患うおじいちゃんと漫才コンビを組む!?というお話。 テンポがよくて、クスクス笑えて、ホロリとくる気持ちよさがありました。 ☆☆☆☆☆ 『名前だけでもおぼえてください』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 売れないお笑い芸人、保美。事務所の先輩がP1で優勝し、売れっ子になったことから、介護ヘルパーのアルバイトを引き継ぐことに。ガンコで好き嫌いの多い賢造じいさんとのやり取りを見たマネージャーは、ふたりでコンビを組むことを提案するが……。 保美が、相方の「りん子」と組んでいる漫才コンビの名前は、「魚ニソン(ぎょにそん)」です。もう、この時点で、売れないんじゃ……となるおかしさがこみ上げてきます。 一方で、先輩の紹介で出会った、賢造じいさんの口の悪さが、一級品。それにまったく取り合わず、マイペースでツッコミどころを探し回る保美の根性が、プロ級。 最初からナイスなコンビだったんですよね。 「名前だけでもおぼえてください!」は、魚ニソンの漫才の定番ネタだったんですが、賢造じいさんとの交流にもつながっていきます。 だって、賢造じいさんは、亡くなった妻の名前以外は覚えようとしないんです! ワケアリの介護ヘルパーと、ワケアリの患者という組み合わせは、フランス映画「最強のふたり」を思わせる展開。実際、この小説は「漫才版・最強のふたり」といえるかも。 (画像リンクです) ガンコだった賢造じいさんが、保美のことを受け入れたのは、自分のことを「ちゃんと人間扱い」してくれたから、だったのかもしれません。 なにしろ、思い込みの強い息子は、どこにも出かけさせず、家に閉じ込めるだけだったのですから。 保美と出会い、漫才の「ま」の字も知らないのに、マイクの前に立つことになった賢造じいさん。台本は覚えないし、途中で舞台を降りようとしちゃうし、自由奔放です。それを、ツッコミ役の保美が、全力でフォローしていく。