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雅な時代の探偵ホームズとワトソンくんに学ぶ人間の業 『陰陽師』 #500

子どもの頃、なりたかった職業のひとつが「小説家」でした。自分でも創作をして、絵が得意な友だちにマンガを描いてもらって、クラスで回し読みしたりしていたんですよね。 大人になってからもほんのりとした気持ちは持っていたけれど、夢枕獏さんの『陰陽師』を読んで、スッパリとあきらめました。わたしにはこんな物語は書けないと思ったから。 闇が闇としてあり、人も、鬼も、もののけも、共に存在していた時代。人の心は、ほんの小さな揺れで暗がりに落ちてしまう。取り込まれてしまう。闇への畏れと、人間の業。悲しみとはかなさの中に描き出される、生きることの意味を感じて、おののいたのでした。 ☆☆☆☆☆ 『陰陽師』  (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 陰陽師とは、平安時代にあった官職のひとつです。陰陽五行思想に基づいた陰陽道によって占筮(せんぜい)や地相などを占う技官でした。陰陽五行思想をものすごーく大雑把にいうと、古代中国から伝来した学問で、天武天皇はその道に長けた人だったそう。 平安時代、陰陽道は国家機密とされていて、政治利用もされていたようです。『陰陽師』は、そんな陰陽師・安倍晴明の活躍を描いた小説。現在、41冊のシリーズが刊行されています。 祝・35年! 2年半ぶりの最新刊『陰陽師 水龍ノ巻』夢枕 獏「陰陽師」シリーズ | | 特設サイト   式神や人形(かたしろ)といった使役のための小道具や、呪符など、神秘的な世界もありつつ、なにより魅了されたのは、晴明と、その親友源博雅とのやり取りです。 酒を酌み交わしつつ、草ボウボウの庭を眺めながら、世情について、人生について、死について、呪(しゅ)について、語り合うふたり。 物語の冒頭は、だいたい博雅が宮廷の噂話や、やっかいごとなどを持ち込んで、「ほぉ、それはあれだな」と晴明が言い、ナゾの解明に乗り出す、というパターン。晴明と博雅は、いってみれば探偵ホームズとワトソンくんのようなコンビなのです。 岡野玲子さんの漫画版は、小説の漫画化というよりも、陰陽師として生きる者の性を感じるストーリーになっています。 (画像リンクです) ファンによる人気のストーリー投票も行われています。上の公式サイトには夢枕獏さんが選ぶベスト11が。この中にある「鬼小町」「鉄輪」は、わたしも大好きな一篇です。 好きな人と思いを遂げられれば、それで「幸せ」なのだろうか。もし思いが届

とぼけた味の妖たちが大活躍 『しゃばけ』 #497

「SFは好きだけど、ファンタジーはちょっと……」 という方に会ったことがあります。現実離れした設定はどちらも共通しているのに。重視しているのが「世界観」か「テーマ」かで、入り込めるかどうか分かれてしまうのかもしれません。 近代文学の中で「ファンタジー」と呼ばれるジャンルの境界線はあいまいなのだそうですが、転機となったのはトールキンの『指輪物語』です。 一方で日本におけるファンタジーは、中世のヨーロッパ“風”を舞台にしたものが多かったのだそう。いやいや、“和風ファンタジー”にだっておもしろいものはあるんですよ。 そこで、“西洋風ファンタジー”に負けないおもしろさを誇る小説をご紹介したいと思います。 畠中恵さんのファンタジー時代小説『しゃばけ』は、身体の弱い若だんなと、妖(あやかし)たちによるミステリー小説です。 ☆☆☆☆☆ 『しゃばけ』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 第13回日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞を受賞した、第1巻の『しゃばけ』のみ長編で、あとは連作短編集。現在20巻まで出ています。 新潮社の公式サイトからは、「登場人物」と「気持ち」で検索ができます。 畠中恵「しゃばけ」新潮社公式サイト   江戸にある廻船問屋兼薬種問屋の若だんな・一太郎は、ひとり息子で跡取り息子なのですが、いかんせん身体が弱い。定位置は「布団の中」です。 ですが、「若だんなのためなら!」と動いてくれる仲間はいっぱい。ただし、その仲間が「普通の人間」ではないんです。 手代の佐助の正体は犬神、仁吉は白沢。部屋の屏風には付喪神(つくもがみ)がいるし、古い家に住みつく妖の鳴家(やなり)たちが、いつも若だんなを守っています。 若だんな自身が病弱ということもあるのでしょうか。 決して「異端」を排除しないんですよね。悪さをする妖の背景を想像する力がある。単純な勧善懲悪物語ではないところが、好きなんです。 おまけに人間にはない力をもつ妖たちを見て、「人間なんて、なんぼのもんやねん」という跳ね上がった気持ちを諫める効果も。 ほのぼの感あふれるストーリーを盛り上げてくれるのが、柴田ゆうさんによる挿絵です。 (画像はAmazonより) 「しゃばけ」シリーズは、「世界観」や「テーマ」というよりも、「キャラクター」重視のファンタジーといえます。とぼけた味の妖たちが活躍するので、マンガのようなエンタメ感があります

“傾聴”できない男は、インサイトをつかめるか!? ドラマ「キム秘書はいったい、なぜ?」 #494

「あ、わたしが欲しいのはそれだ!」 気づいていなかったけれど、言われて初めて「それだ」と気づくもの。それは「インサイト」と呼ばれます。 ラブコメの帝王パク・ソジュンと、パク・ミニョンのゴールデンなコンビのドラマ「キム秘書はいったい、なぜ?」は、まさに「インサイト」を巡る物語だったなと思います。 ☆☆☆☆☆ ドラマ「キム秘書はいったい、なぜ?」 ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 大企業の副会長イ・ヨンジュンは、容姿、頭脳ともに完璧だが自分大好きな超ナルシスト。そんな彼を9年間支えてきた秘書のキム・ミソは、ある日、辞職を伝える。ショックを受けたヨンジュンは、あの手この手で引き止め、渾身のプロポーズをするが、あっさりと断られてしまう。退職前の一大プロジェクトが進む中、ヨンジュンの兄ソンヨンがアメリカから帰国。ふたりの間にある確執は、ミソにも関係しているようで……。 「梨泰院クラス」ですっかり日本でも有名になったパク・ソジュン。彼は役ごとに仕草や話し方を研究するのだそうです。財閥の御曹司で「できる男」の代名詞的キャラクターであるヨンジュンもやはり、得意のポーズを持っています。かなりコミカル。 新時代の働き方とリーダー像を満喫 ドラマ「梨泰院クラス」 #339   兄弟をめぐる確執はミステリー仕立てになってはいるのですが、サイドストーリーとしてはちょっと弱いかなとも感じました。 それよりも、三姉妹の三女であるミソが、姉たちの学費と父の借金返済のために高校を卒業してからずっと働きづめだった、という設定の方が気になりました。 映画「82年生まれ、キム・ジヨン」にも、兄たちの学業のため、自分の勉強をあきらめて働き続けたというシーンが出てきます。日本でいったら「昭和」のような設定が、まだ生きているんだなー。 「82年生まれ、キム・ジヨン」のコン・ユが象徴するものについて考えてみた 「82年生まれ、キム・ジヨン」は、「なんか言いたくなる」小説であり、映画でした。心が反応しちゃうんです。キム・ジヨンというひとりの女性が生きていく中で、「ただ女性であるがゆえに」経験した差別と不合理の物語。できれば小中学校の授業はもちろん、企業の人事の方や、女性商材を扱う部署の人には必須で観てほしいくらいです。   ドラマはキム秘書が辞めたいという理由について、思いをはせることができないヨンジュンの壊れっぷりが一番

最強アサシン少女の誕生を描くバイオレンスアクション 映画「The Witch 魔女」 #493

東京の新宿と、大阪の心斎橋にある映画館「シネマート」では、劇場発信型映画祭「のむらコレクション」が定期的に開催されています。番組編成担当・野村さんがセレクトした映画ということで、タイトルはこれ。通称「のむコレ」です。 ドラマ「梨泰院クラス」を観た時、この子、だれだっけ~?と思ったのが、イスを演じたキム・ダミでした。2年前の「のむコレ」で観た映画「The Witch 魔女」の主演の女性か!!!と気づいたのは、しばらく経ってから。それくらい、全然印象が違いました。「のむコレ」は「これから」の俳優を見つけるのにもぴったりかもしれません。 ☆☆☆☆☆ 映画「The Witch 魔女」 https://amzn.to/3z37JTG ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 特殊な施設で育てられ、8歳の時に逃げ出したジャユン。記憶を失った彼女は、助けてくれた酪農家の娘として暮らすことに。10数年後、頭に異変を感じるようになったジャユンは、手術費用と経済状況の厳しい養父母のため、賞金目当てでオーディションを受けることを決意。しかしテレビ番組であるマジックを披露したことから、謎の男たちに追われる身となってしまう。 最強アサシン少女の戦いを描き、韓国で大ヒットを記録したバイオレンスアクション映画です。 「LUCY/ルーシー」や「ニキータ」にも引けを取らないほどの激しいアクションをこなしたのは、キム・ダミ。「梨泰院クラス」では一途な女性を演じていましたが、こちらでは普通の女子高生役。だけど、まったく表情を変えずにバスバスと敵を打ち倒していくんです。スクリーンデビュー2作目で主演、そして大ヒットと、ついてる役者ですね。 (画像はKMDbより) パク・フンジョン監督は、「映画を漫画のように演出すること」が目標なのだそう。ファン・ジョンミン主演の「新しき世界」で監督デビューする前は、リュ・スンワン監督のもとで「生き残るための3つの取引」の脚本を書いたりしていました。 映画「新しき世界」#293   非エリートの悲哀を描いたサスペンス 映画「生き残るための3つの取引」 #269   人間の内面にある悪を、拳で打開していくところが作品の特徴といえるかもしれません。でもご本人のインタビューによると、「平和主義者なので、血を見るのは好きじゃない」とのこと。ほんまかいな。 「The Witch 魔女」は3部作とし

ドラマ「保健室のアン・ウニョン先生」 #490

「韓国ドラマはおもしろいんだけど、長いからねー」 という声をよく耳にします。「愛の不時着」などはだいたい1話が80分前後。それが16話まであるんですから、まぁドップリしちゃいますよね。 でも、チョン・セランさんの小説『保健室のアン・ウニョン先生』をドラマ化した作品は、1話が50分前後と短く、しかも6話完結! 学校を舞台にしたファンタジックなストーリーです。 ☆☆☆☆☆ ドラマ「保健室のアン・ウニョン先生」 https://www.netflix.com/title/80209129 ☆☆☆☆☆ 養護教師のアン・ウニョン先生は、人間の欲望がゼリー状の姿になって見えてしまうんです。演じているのはチョン・ユミ。映画「82年生まれ、キム・ジヨン」の演技で、韓国の映画賞を受賞しています。 「82年生まれ、キム・ジヨン」のコン・ユが象徴するものについて考えてみた 「82年生まれ、キム・ジヨン」は、「なんか言いたくなる」小説であり、映画でした。心が反応しちゃうんです。キム・ジヨンというひとりの女性が生きていく中で、「ただ女性であるがゆえに」経験した差別と不合理の物語。できれば小中学校の授業はもちろん、企業の人事の方や、女性商材を扱う部署の人には必須で観てほしいくらいです。   アン・ウニョン先生はオモチャの剣でゼリーをピシパシ切り捨てていくのですが、とにかくいっぱいあるのでパワーを消耗します。先生の「充電器」となってくれるのが、漢文の先生であり、学校創設者の孫であるホン・インピョ先生。演じるのはナム・ジュヒョクです。 なんだかボヤーッとしたお坊ちゃま感がかわいらしい。起業を目指す若者を描いた「スタートアップ:夢の扉」では、天才エンジニアを演じています。女性経験がなく、ウブでかわいらしい。 “ジャンプの法則”は海を越える!? 起業を目指す若者たちの溌剌ストーリー ドラマ「スタートアップ:夢の扉」 #520   2004年以降、OECD加盟国の自殺率がトップという韓国。若い世代の絶望も深く、「N放世代」=すべてをあきらめざるをえない世代という言葉まで生まれるほどです。 小説を読んだ時も感じたことですが、ドラマの方がはるかに強くメッセージを感じます。 あなたを、守りたい。 CGやエフェクトを多用した、韓国ドラマのイメージを覆すポップさと、コミカルでかわいいドラマの中に込められた、深い想

“N放世代”の夢の叶え方 ドラマ「青春の記録」 #489

2013年の「新語・流行語大賞」にノミネートされた言葉に、「さとり世代」がありましたね。人生を悟ったような「盗んだバイクで走り出さない」生き方を表しています。同じくらいの世代を、韓国では「N放世代」と呼びます。2015年頃から流行し始めたそう。 三放世代:恋愛・結婚・出産をあきらめる 五放世代:さらに就職とマイホームもあきらめる N放世代:不定数の「N」=すべてをあきらめる 書いてるだけでつらくなる……。 それでも夢と信念を捨てない若者もいます。ドラマ「青春の記録」は、現実の壁に絶望せず、挑戦を続ける20代を描いています。ただいまNetflixで配信中です。 ☆☆☆☆☆ ドラマ「青春の記録」 https://www.netflix.com/title/81290301 ☆☆☆☆☆ <あらすじ> なかなか売れない俳優のヘジュンは、同じ道を目指す友人ヘヒョと比較される毎日。エージェンシーの代表に裏切られ、マネージャーと独立することに。メイクアップアーティストを目指して会社を辞めたジョンハは、新しいお店の先輩にいびられてばかり。モデルとして舞台に出たへジュンは、メイク係のジョンハと出会い、親しくなるが、兵役の入営通知書が届き……。 パク・ボゴム本人が入隊する前の最後の作品として注目されたこともあり、主人公のヘジュンの言動はかなり重なって見えました。 「男にとって兵役は、やり残した宿題みたいなもんなんだ!」 やれと言われると、やりたくなくなるのが宿題。義務としての兵役にいついくかは、芸能人にとっては難しい選択です。 アン・ジョンハを演じるのは 「パラサイト 半地下の家族」 の長女役が印象的だったパク・ソダムです。 (画像はKMDbより) いま旬のふたりが共演とあって期待していたのですが、画面の中で存在感を示していたのは「オトナ世代」だったかなと感じました。 とつぜん注目を浴びてスターになるものの、自分の信念を捨てないヘジュン。YouTuberの事務所からオファーをもらうものの、自分の信念を捨てないジョンハ。 「N放世代」と呼ばれてしまうような現実に、チャレンジする姿勢は感じますが、エネルギッシュではないんですよね。羽目を外すこともない。いや、これはわたしが「昭和世代」だからそう見えてしまうのだろうか? 代わりにストーリーをもり立ててくれるのは、ある意味「悪役」である、ヘジ

韓国最大の金融スキャンダルを追う 映画「権力に告ぐ」 #488

弱き者は、骨までしゃぶられてしまうのか。 1997年、タイから始まったアジア通貨危機は韓国経済にも大きな打撃を与えました。政府は結局IMF(国際通貨基金)に支援を仰ぐことにし、再建のためにとてつもない犠牲を払うことになったんですよね。 この時の決断の裏に、どんなことがあったのかを描いた映画が「国家が破産する日」です。 「国家が破産する日」は、いま日本で観るべき“破滅の処方箋”だ   この秋、シネマートの「のむコレ」で上映された「権力に告ぐ」は、IMF時に買収された銀行を巡る疑惑のお話。韓国最大の金融スキャンダルとも呼ばれる「ローンスター事件」を描いています。 のむコレ2020   ☆☆☆☆☆ 映画「権力に告ぐ」 https://amzn.to/3y7QcbY ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 熱血検事として知られるソウル地検のヤン検事が、セクハラの疑いで停職を言い渡される。身に覚えのないヤンは汚名返上のため、独自に調査を開始。大韓銀行のファンド売却が、虚偽の報告書によるものだったのではないかという疑惑が浮上し……。 「ローンスター事件」とは、韓国の外換銀行を買収したアメリカ系ファンドのローンスターへの疑惑です。不当に安値で買収し、売却することで、「荒稼ぎ」したのではないか、とされました。 当時の政府高官が起訴されましたが、大法院(日本でいう最高裁)で無罪が確定。それでも、幹部官僚には重要決定を避ける風潮が広まったそうです。「国家が破産する日」でも描かれた、責任逃れの層へのガッカリ感と憤懣が、韓国社会を覆っているともいえるかもしれません。 上層部の隠蔽工作にも負けず、ブルドーザーのように突き進むヤン検事を演じるのは、チョ・ジヌン。映画ではなかなか作品に恵まれなかったけれど、これはいいですよ。彼の「アツ」を最大限に活かした演出でした。 (画像は映画.comより) 若手の国際金融専門の弁護士として、最初はヤン検事と敵対。徐々に疑惑の黒幕に気づくキム・ナリを演じるのは、イ・ハニ。「エクストリーム・ジョブ」のオラオラ姐さんとは打って変わって、知的で勝ち気な女性を演じています。 特大級のブラックコメディ 映画「エクストリーム・ジョブ」 #185   セクハラの疑いをかけられたヤン検事は、ようするに「厄介者」だったんですね。うまい汁をすすった者たちからすると、よけいなことを嗅ぎ回る存在。