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『烏百花 白百合の章』#736

「八咫烏シリーズ」最新作の『烏百花 白百合の章』は、人が人を想うことの喜怒哀楽ぜんぶがつまっていました。 人間の姿に変身することが出来る八咫烏の一族と、山内(やまうち)の政争を描いた、阿部智里による異世界ファンタジーも、これで8冊目。 『烏百花 白百合の章』は、外伝として本編の裏側にあるエピソードをまとめたものです。 ☆☆☆☆☆ 『烏百花 白百合の章』 https://amzn.to/3hN2CjK ☆☆☆☆☆ 人間界とは隔てられた山内(やまうち)で暮らす、八咫烏たち。その長である金烏(きんう)が統治する社会なのですが、金烏って、役柄の名前ではなく、性質なんですね。そして、そんなに次々と生まれてこないんです。空白期や、継承期に、宗家と東西南北の各家は対立したり、懐柔したり。 本編の方では、天敵・大猿とのバトルや、人間の介入が始まって、ちょっときな臭い雰囲気になってきました。でも外伝は、細やかな心情がていねいに書き込まれていて、ウルッとくることも。 笛の音がつなぐ、許されない恋は、「 陰陽師シリーズ 」の博雅を彷彿させました。中央の楽団を目指す貧しい兄弟。才能に恵まれていた兄は、恋に落ちたことで、自分の音楽を見失ってしまう。 のびやかな音か、つややかな音か。 お相手の女性のひと言に、戦慄するラストが待っています。 読む順番はこちら。本編は順に読んだ方がいいかもしれません。外伝『烏百花 蛍の章』も短編集なので、まず世界観を味わいたいという方には、これがおすすめです。 <第一部> 第一巻『烏に単は似合わない』 第二巻『烏は主を選ばない』 第三巻『黄金の烏』 第四巻『空棺の烏』 第五巻『玉依姫』 第六巻『弥栄の烏』 外伝『烏百花 蛍の章』 外伝『烏百花 白百合の章』 <第二部> 第一巻『楽園の烏』 現代の政治を映したような印象もある本編とは一変、『烏百花 白百合の章』では、政争の間に生まれる人間模様、というか、烏模様が描かれます。先代のお妃選びの話も出てきて、こういうことがあったからかー、と思わせる構造。いまの金烏のお妃選びを描いた第一巻に、再び手が伸びてしまいます。永遠のループですよ。

『火狩りの王』#735

日本ではじめてのファンタジー作品と呼ばれた「コロボックル物語」から50年以上。日本版ファンタジーの世界も充実してきたなーと感じます。 最近読んでおののいたのが、日向理恵子さんの『火狩りの王』でした。 骨太の世界観と、絵の浮かぶ描写(そしてオソロシイ)、謎の深まる展開と、物語世界に引きずり込まれてしまいます。現在、四巻まで刊行されています。 ☆☆☆☆☆ 『火狩りの王』 https://amzn.to/3raMY4N ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 人類最終戦争後の世界。大地は炎魔が闊歩する黒い森におおわれ、人体発火病原体に侵された人々は、結界に守られた土地で細々と暮らしていた。この世界で唯一、人が唯一安全に扱える〈火〉は、森に棲む炎魔から採れる。炎魔を狩り、火を手に入れることを生業とする火狩りたちは、黒い森を駆け、三日月形の鎌をふるう。近年、火狩りたちの間でまことしやかにささやかれている噂があった……。 11歳の灯子と15歳の煌四が主人公。ふたりとも、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」はどこにいった!?という状況の中、生きてきたんです。 炎魔から人間が扱える「火」を回収する火狩りという仕事は、当然、命の危険と隣り合わせです。パートナーは、犬。灯子の暮らす村で炎魔に襲われ、命を落とした火狩りのパートナーを返すため、灯子は神宮のある都を目指すことになります。 この世界に伝わる噂とは。 “「虚空を彷徨ったとされる人工の星および千年彗星(揺るる火)を狩った火狩りは、『火狩りの王』と呼ばれるであろう」” はたして、「火狩りの王」とは誰なのか。その人物は、この世界に平和と安全をもたらしてくれるのか。 闇の森のおどろおどろしさ、「火」に対する畏敬の念、人を信じる心の危うさ。そんな感情が一気に押し寄せてくる第一巻「春ノ火」でした。 このあと、 第二巻:影ノ火 第三巻:牙ノ火 第四巻:星ノ火 へと続いていきます。 現在は、火狩りたちの噂どおり、「揺るる火」が空に現われたところ。生まれた村から移動することのない世界で生きてきた灯子。本来、会うはずもない煌四と出会ったことで、世界が大きく揺らいでいくのです。あー、今後の展開が楽しみでならない。 アニメ化も決定したそうで、こちらも放送日が待ち遠しいです。 アニメ化|火狩りの王   ファンタジーって、かかしが言葉をしゃべったり、人間が空を飛ん

『だれもが知ってる小さな国』#734

「だれも知らない小さな国」は、300万人もの人が知る国となっていた! 子どものころに読んだ本は、いまでも覚えているものがたくさんあります。 野原で遊んでいるか、図書館で遊んでいるかだったわたしは、何度も何度も同じ本を借りることがありました。民話やおとぎ話が好きだったのですけど、佐藤さとるさんの『だれも知らない小さな国―コロボックル物語』も、よく借りてたなー。 ☆☆☆☆☆ 『だれも知らない小さな国―コロボックル物語』 https://amzn.to/36AJm2M ☆☆☆☆☆  現在は「だれもが知ってる」小さな国として、小説家の有川浩さんが世界を引き継いでおられます。 ☆☆☆☆☆ 『だれもが知ってる小さな国』 https://amzn.to/3hEVt5m ☆☆☆☆☆ 美しい自然の山の麓で育った「ぼく」は、「小法師さま」の伝説について聞かされます。ある日、自分に向かって手を振っている小さな人がいることに気付いた「ぼく」は、この小さな人たちを守ろうと決意する、というのが、佐藤さとるさんが描いた「コロボックル物語」でした。 有川浩版はというと、主人公が「はち屋」の男の子ヒコ。両親とみつばちと一緒に全国をまわる小学生です。お父さんの手伝いで蜜をとる仕事をしていたヒコは、不思議な、小さな人と出会い……というお話。 小さな人=コロボックルの存在について、誰にも言わない、絶対に秘密にすることを約束。そのためにヒコは、ワクワク・ドキドキのひと夏を過ごすことになります。 とにかくお話がかわいい! 挿絵は、佐藤さとる版を担当された村上勉さんが継続して描いておられます。 佐藤さんが「コロボックル物語」を出版されたころは、日本ではじめてのファンタジーとして注目をされていたのだそう。それがいまは有川さんというストーリーテラーと出会ったわけですから、おもしろくないわけがないんです。 講談社のサイトには、特設ページも開設されています。 コロボックル物語特設ページ|講談社文庫|講談社BOOK倶楽部   わたしの住んでいたところもコロボックルがいそうな田舎町だったので、どうやったら会えるんだろうと、あぜ道を何度も歩いたものでした。 コロボックルは伝統的な生活を守って暮らしていますが、性格は好奇心旺盛でとてもアクティブです。いろいろな変化を臨機応変に受け止める柔軟性もある。 たぶん、心がやわらかいんで

『八月の銀の雪』#733

目に見えている世界って、ほんのちょっとだけしかない。表出している出来事の奥深く、底が見えないほどの時間と距離の向こう側に、あるもの。 伊与原新さんの小説は、ざっぱな生活をしていると見逃してしまいそうなそんな世界を、科学の力で表現してくれます。 5編の短編からなる『八月の銀の雪』は、絶望を抱えた人々を科学が癒やす物語でした。 ☆☆☆☆☆ 『八月の銀の雪』 https://amzn.to/36yi50G ☆☆☆☆☆ 伊与原さんは、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻された、バリバリの理系出身という方です。漢字が多いな……。なのに、というと失礼だけど、小説がガチガチのゴリゴリの正反対に位置しています。 就活に破れた大学生、ギリギリの生活に疲れてしまったシングルマザー、原発の仕事を辞めて福島へ向かう途中という会社員、自分の居場所をなくして絶望を抱えた人々が、ふと触れた科学によって救われていく。 数式を使わなくても、難しい用語を並べなくても、科学って説明できるんじゃん!と、数学が苦手なわたしにとっては感動的な物語でした。 前作の『月まで三キロ』は、「科学の知識」がとてもぬくもりのあるものとして感じられたのですけど。 命と科学はとても近いところにあるのかもしれない 『月まで三キロ』 #419   今作ではさらに人を癒やすものとして登場しています。 表題作の「八月の銀の雪」は、新潮社のサイトで無料公開されているので、ぜひ読んでみてください。 連戦連敗中の就活生が、ドンくさいコンビニ店員のグエンと親しくなったことで、地球の奥深くにある「核」について知る物語です。 新田次郎文学賞、静岡書店大賞、未来屋小説大賞受賞『月まで三キロ』で大注目の著者最新刊! 就活連敗中の理系の大学生とコンビニの不愛想なベトナム人アルバイトの女性の出会いを描く表題作。科学の揺るぎない真実が、人知れず傷ついた心に希望の灯りをともす。 就活連敗中の理系の大学生とコンビニの不愛想なベトナム人アルバイトの女性の出会いを描く表題作。科学の揺るぎない真実が、人知れず傷ついた心に希望の灯りをともす。   地表の下の層というと、熱く燃えたぎるマグマのことしか知らなかったんですよね。わたしの足の下に降っているかもしれない「銀の雪」のイメージが、とても美しかったです。 そして、哺乳類なのに海で暮らすクジラの絵が、シング

『強運の持ち主』#732

むかし、占いの「はしご」をしたことがあります。全然違う場所で、全然違う占い師さんの前で、タロットカードを引いたのですが、ほぼ同じカードが出て、ビックリ!!! でも、そのカードをどうよんで、どう伝えるか。占い師さんによってこんなに違うのかと、悩みそっちのけで気になってしまったのでした。 未来が見えるわけでもなく、霊感があるわけでもない占い師のルイーズ吉田。元営業の仕事で鍛えた話術を活かし、人々の心を軽くしていく、という小説が瀬尾まいこさんの『強運の持ち主』です。 ☆☆☆☆☆ 『強運の持ち主』 https://amzn.to/2TWnjkt ☆☆☆☆☆ 会社を辞めたルイーズが、占い師になるのは、たった2日間の研修の後です。ずいぶん即席な感じがしますが、本で勉強したりもしたのだそう。 でも、なんだか難しい計算をして運気をよみ、その結果を正直に伝えるよりも、大切なことがあることに気付きます。 相談者の背中を押してあげること。 悩み、迷い、決められない状態の人にとって、一番うれしいのが「きっかけ」なのかもしれません。 お調子者感のあるルイーズですが、ちょっと露悪的な描写をされている箇所も。 ルイーズの恋人である通彦は、もともと占いに来た女性の「恋人」だったんです。ふたりの相性を調べるうちに、通彦がとんでもない「強運の持ち主」であることに気付く。そして「手に入れて」しまうんです。 いまは一緒に暮らし、通彦がつくる珍妙なご飯を食べるおだやかな生活を送っています。 けど。 きみの強運はいつ発揮されるのや!? そんな思いを抱えるルイーズ。なんともふんわりやさしい気持ちにしてくれます。実はルイーズ自身が「強運の持ち主」なのかも。 冒頭で書いた占いの「はしご」をした日。これ以上ないくらいドン底の状況だったのに、さらに底があったのか!という事件があって、もう何も考えたくない状態でした。引くも地獄、進むも地獄。だったらどっちを選んでも同じじゃん。 占い師さんに話すことで、少し気持ちと頭の整理をして、そして。2度の占いで自分の選んだカードがほぼ同じということは、ホントにいまがどん詰まりの曲がり角なんだと、なんだか納得できました。 占い師の話術って、ホントにすごいですよね。話を聞くスキル、励ますスキル、見習いたい。 投げやりな気持ちになっていた、あの時のわたし。ルイーズならなんて言うだろう? 「

『わたしたちが光の速さで進めないなら』#731

韓国の作家によるSF小説は、1990年代のパソコン通信時代から話題になり始めたのだそうです。 映画やドラマでも、最近はSF作品が増えていますよね。比較的安い予算でクオリティの高いCG処理が可能になったこともあり、ビジュアル的にも豪華です。 韓国初の宇宙SF映画として注目されていた「スペース・スウィーパーズ」は、2度の公開延期の末、Netflixで配信されました。大きなスクリーンで観たかったなーと思う映画です。 韓国初のSF大作はやっぱりあの味 映画「スペース・スウィーパーズ」 #583   ほのぼのしたファンタジックなSF小説『保健室のアン・ウニョン先生』は、チョン・ユミ主演でドラマ化もされています。 小説版 悪意の芽はゼリー状!? 養護教師のぶっとんだもうひとつの顔 『保健室のアン・ウニョン先生』 #444   ドラマ版 ドラマ「保健室のアン・ウニョン先生」 #490   「シーシュポス:The Myth」は、タイムスリップが招くミステリー。展開が早くて、とても楽しめました。 ドラマ「シーシュポス: The Myth」#648   ただ、これら作品は、「男」のドラマだなーと感じます。どれも「闘う女性」が主人公ですし、彼女たちは男に守られたいなんて1ミリも考えていないけれど、「たくましく闘う」姿は、男性的。 そんな世界の正反対に位置するのが、キム・チョヨプさんのSF短編集『わたしたちが光の速さで進めないなら』でした。 ☆☆☆☆☆ 『わたしたちが光の速さで進めないなら』 https://amzn.to/2T2Rhmc ☆☆☆☆☆ 「息苦しい」はずの地球に降りたまま、帰らない巡礼者を待つ女性。行方不明になって数十年後、宇宙から帰ってきた祖母が語る異星人。廃棄間近な宇宙ステーションで、家族のいる星へ行く船を待ち続ける老女。初出産を前に、記憶を保管する図書館で母の思いを探す女性。 どの登場人物も、しんみりやさしくて、しみじみとした孤独を抱えています。 その孤独が、そーーっと差し出されてくる。“未来”の人も、やっぱり同じ人間なのだよな、と感じさせてくれます。 ワープ航法やコールドスリープといった「定番」の技術はもちろん、感情を物質化するといった思いがけない技術も登場。一編、一編が、たぶんいろんなSF作品から影響をうけているのだろうなと思います。それが読み取れるくらいになりたい

『なりたくて妖精になったわけじゃない』#730

地下から見上げる空は、はるか遠くて、見上げるだけで絶望を誘うのかもしれない。 田中経一さんの小説『なりたくて妖精になったわけじゃない』は、「地下アイドル」が主人公の物語です。小説ではありますが、地下アイドル界の闇をのぞく、ルポルタージュのようでもありました。 ☆☆☆☆☆ 『なりたくて妖精になったわけじゃない』 https://amzn.to/3e1tJpd ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 地下アイドル界の名物プロデューサー・トシ松尾は、五人組の新グループ「ティンカーベル」を結成した。伝説のアイドルの姪・白井希の存在が、ブレイクの切り札だ。しかし、ヲタクの青年・豊原優星をマネジャーに迎え活動を進める矢先、業界内で連続殺人事件が起こり、メンバーも一人ずつ姿を消していく。少女たちはなぜ消えたのか。「ティンカーベル」は“地上”へ這い上がることができるのか……。 地下アイドルの人数は、2016年の時点で5,000人超といわれていたそうです。ライブを中心に活動していて、メジャーデビュー前の「アマチュア」という意味合いを持つことも。 坂道グループの「会いに行けるアイドル」はもちろん、ももクロの「今会えるアイドル、週末ヒロイン」のような「地上アイドル」への憧れ。IZ*ONEやNiziUといった歌もダンスも上手な「アーティスト」タイプのグループなんて、めちゃくちゃキラキラしている。 そんな世界に憧れる女の子に群がるのは、下心満載のオッサンたち。中には「ヲタクが気持ち悪い」と脱退してしまう方もいるようです。それを言ってしまったら……という気がしちゃうな。 「ヲタクが気持ち悪い」と本音ぶっちゃけ 話題の地下アイドルがグループ脱退へ   小説には、ヲタク活動の用語や活動方法、アイドルグループの育成と売り出しまでの戦略も出てきます。 詳しいなーと思ったら、田中経一さんは、テレビ朝日系の番組「ラストアイドル」の演出をしていた方なのだそう。「料理の鉄人」などの人気番組を成功させ、2014年に『麒麟の舌を持つ男』で小説家デビュー。 芸能界の裏事情に通じた人だからこその展開かなと思いますが、その分、小説というよりもノンフィクションのような生々しさがありました。 一度地下の住人となってしまったら、地上に這い上がるのは至難の業。それでも、少女たちは地上を目指すのです。なのに「なりたくてなったわけじゃない」なん