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『文庫解説ワンダーランド』#831

本を買う時、単行本派ですか? それとも文庫本派ですか?  いまなら電子書籍や、音声サービスもありますね。 わたしは単行本派なんですが、持ち歩くにはかさばるし、本棚でもかさばるし、おまけにお値段も文庫本よりちょっと高い。 それでも早く読みたい。文庫化するまで待てない!!! そう思って単行本に手を出してしまいます。でも、お気に入りの作家さんの、好きな作品が文庫化されると、それも買ってしまうんですよね。 なぜなら、「解説」が読みたいから。 解説とは「基本はオマケ」と語る斎藤美奈子さんの『文庫解説ワンダーランド』は、文庫本に収録されている解説にスポットを当てた本です。 ☆☆☆☆☆ 『文庫解説ワンダーランド』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 夏目漱石に川端康成、松本清張に赤川次郎、チャンドラーにシェイクスピアと、古今東西の書籍が取り上げられています。 もちろん解説を書いている方々も、そうそうたる文化人なのですが、斎藤美奈子さんの軽妙・軽快な筆によってバッサリバサバサとかき分けられていき、気持ちがいいくらいです。 「論旨がわかりにくいこと」が特徴という、“知の巨人”小林秀雄は、「コバヒデ」とニックネームまで付けられています。 その小林秀雄の著書『モオツァルト・無常という事』は、批評美学の集大成とされているそうなんですが、解説を書いているのは江藤淳。 ☆☆☆☆☆ 『モオツァルト・無常という事』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ よりによって……という組み合わせですが、これは小林秀雄のご指名なのだとか。 本文を紹介し、解説を紹介した斎藤さん。 「お手上げ。わけがわからん」 となってしまうのです。(わたしだけじゃなかった!!!)という安心感が、胸いっぱいに広がりました。 斎藤さんが古典本の解説に求める要素は、大きく3つあります。 ① 著者の経歴や本が書かれた時代背景などの基礎情報 ② 読書の指針になるアシスト情報 ③ いま読むべき意義を述べた効能情報 これら3つを踏まえた上で、さらに「攻めの解説」として、 ④ 新たな読み方を提案するリサイクル情報 を挙げておられます。 現代作家の本になると、解説も仲のいい同業者だったりして、ウラの顔や裏話なんかが紹介されることもありますが。 解説だってひとつの作品。まさに見事なオマケのリサイクル方法だなと思います。 「批評としての芸」を批評する、画期的

『読書で離婚を考えた。』#830

「僕たちはいま、こういうことを話し合っている場合じゃないよね」 「そうね。締め切りが終わってからにしましょう」 むかし読んだ漫画に出てきた一場面です。夫婦共に漫画家として活動していて、家の中のことやパートナーとしてのあり方に不満を抱えていた妻。ひと言漏らしたところで険悪になるんですが、「まず締め切りを片付けよう」というところでは一致する姿に、笑ってしまいました。 パートナーには自分のことを理解してほしい。でも、近すぎると“ライバル感”が出てしまってイヤ。 そんなワガママな想いが、短いシーンに表現されていて、いまでもよく覚えています。 小説家夫婦である、円城塔さんと、田辺青蛙さんによる、おすすめ本のレビュー合戦『読書で離婚を考えた。』は、書籍版夫婦ケンカのような本です。 相互理解のために始めた企画だったのに、どんどんと険悪になるおふたり。さて、どうなるんでしょう!? ☆☆☆☆☆ 『読書で離婚を考えた。』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ まず、円城塔さんについて。作風はSFや前衛的なものまでさまざまだそうで、「数理的小説の第一人者」とも呼ばれているそう。 『道化師の蝶』で第146回芥川賞を受賞されています。 (画像リンクです) ちなみに、Amazonで著書を検索してみると、こんな感じでした。たしかに物理的で数学的なタイトルですね。 そして田辺青蛙さんはホラー作家として知られています。同じく著書を検索したページがこれ。地元怪談シリーズなんですかね。 「小説家」という点では同じ職業ですが、興味の指向性や好きなものは、およそ正反対。おすすめした本に対しての反応が 「ふーん」 だと、すすめた側もつらいものです。なんとか理解を深めて歩み寄ろうとするんですが。 すべてが正反対すぎる!!! なかなかにしびれる「夫婦書評漫才」のような展開になっていきます。 読んでいて、あらためて思いました。 似たもの夫婦に、対照的な夫婦。それぞれのあり方に外野がどうこう言うのは野暮ってものでしょう。一番近い他人=夫婦だからといって100%理解できるなんて、幻想でしかない。 お互いのペースを尊重し合える関係が、わたしにとっては理想かも。

『この1冊、ここまで読むか! 超深掘り読書のススメ』#829

知の巨人 vs. 知の巨人による、読書の格闘技決戦! 書評をアーカイブするWebサイト「ALL REVIEWS」。会員限定コンテンツを書籍化した『この1冊、ここまで読むか! 超深掘り読書のススメ』を読んで、「読書は格闘技」ってホントにそのとおりなんだなと圧倒されました。 ☆☆☆☆☆ 『この1冊、ここまで読むか! 超深掘り読書のススメ』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 聞き手である鹿島茂さんは、フランス文学者で評論家、そして「ALL REVIEWS」の主宰者でもあります。 「ALL REVIEWS」はわたしも時々読んでいますが、「本が好き」から「本の評論を書く」へのジャンプの高さにちょっと戦くことが多い。教養の厚みが違うんです。 読み応えのある書評がたくさんありますよ。 https://allreviews.jp/ 「ALL REVIEWS」にも寄稿されている書評家の豊崎由美さんは、著書『ニッポンの書評』の中で、書評家が果たしうる役目は「作者と読者の橋渡し的存在」だと語っておられます。 (画像リンクです) わたし自身、新聞などの書評欄を見て、次に買う本を決めることもあります。「橋渡し」はとてもありがたい存在なんですよね。 そんな書評をデジタル化してアーカイブすることで、「消費財化」した本を「耐久消費財」に戻したい。これが、鹿島さんが「ALL REVIEWS」を起ち上げた理由でした。 対談書評として企画されたイベントのゲストは、楠木建さんや成毛眞さん、出口治明さん、内田樹さん、磯田道史さん、高橋源一郎さんという、そうそうたるみなさんです。 『NETFLIX コンテンツ帝国の野望』から読み取る、企業としての本当の強さ。 孔子はマナースクールの塾長という視点から語られる『論語』。 などなど、話の奥行きと横幅が広すぎて溺れそう……。なんですが、熱くて深い議論に、思わず引き込まれていきます。 「読書は格闘技」と語ったのは、瀧本哲史さんです。言葉どおりの本も遺されました。 (画像リンクです) 歴史や科学の知識は、本を通してアメーバーのように広がっていくものといえます。ひとつひとつ触手を“自分で”伸ばしていくのが、一番楽しいところでしょう。同時に苦しいところでもあるけれど。テーマに関連する書籍も紹介されているので、アメーバー型読書の起点になってくれるかも。 『この1冊、ここまで読む

『世界「失敗」製品図鑑 「攻めた失敗」20例でわかる成功への近道』#828

失敗したくない。 できれば最高得点をとって「さすがだね!」って言われたい。 仕事とは、成果を積み上げていくものだから、どうしても失敗を避ける思考に陥りがちです。 でも、世の中には全力で勝負して、大金をかけ、壮大に失敗した事例だってたくさんあります。 『世界「失敗」製品図鑑』は、そんな世界のトップ企業に集う、最高頭脳による「全力の失敗」をケーススタディとして集めた本です。 こんなトップレベルでも、笑っちゃうくらいの製品を生み出してるんだもん。自分の失敗なんて小さいもんだと、心が軽くなるかも!? ☆☆☆☆☆ 『世界「失敗」製品図鑑 「攻めた失敗」20例でわかる成功への近道』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ いつでもすぐにAmazonでお買い物できるスマホ「ファイアフォン」。 いつでもすぐにFacebookにつながれる「フェイスブック ホーム」。 などなど、それって、誰得!?といいたくなるような製品が、大真面目に検討され、大々的に発表され、そして消えていった過程が紹介されています。 同じテーマの本で、デザイナーの佐藤オオキさんによる『佐藤オオキのボツ本』という本を読んだことがありました。 こちらはお仕事版「しくじり先生」といえそうな、“渾身の”ボツ案集です。 失敗にこそ成功の種がある 『佐藤オオキのボツ本』 #239   大きな業績を残している“強い”企業や人に通じているのが、失敗から学ぶリカバリー力かもしれません。 たぶん日本ではまだフィードバックの技術が発達していないので、 ダメ出しされた → 人格否定 と受け止めてしまう人も多いように思います。でも、仕事をする上で大切なのは、相手からのフィードバックではないでしょうか。 BtoC企業なら、それは消費者からの反応になるし、まだまだ新人レイヤーの人なら、一緒に仕事をしたチームの方からの褒め言葉、もしくはお叱りの言葉になるかもしれません。 『世界「失敗」製品図鑑』で紹介されている、コカ・コーラやグーグルなどの世界トップの企業家たちは、フィードバックに率直に耳を傾け、そこから学び、そして新しいチャレンジをした。 だから、いまがあるのだといえます。 「ミスターヌードル」と呼ばれた安藤百福さんは、世界初のインスタントラーメンを発明するまで、新築の家の床の間を吹き飛ばすほどの失敗をしたそう。 それでも、「失敗するとすぐに仕事を投げ

『ルワンダでタイ料理屋をひらく』#827

万事に大雑把で、計画性なんてナッシングで無鉄砲なわたしですが。 唐渡千紗さんのぶっ飛んだチャレンジには驚きました!!! 唐渡さんのエッセイ『ルワンダでタイ料理屋をひらく』は、タイトルどおり、ルワンダでタイ料理屋「ASIAN KITCHEN」を開業した際の、奮闘記です。 「段取り」とか、「気遣い」といった概念がない国の人々をマネジメントするわけなんですが、やらかすことが斜め上すぎて何度も笑ってしまいました。 ☆☆☆☆☆ 『ルワンダでタイ料理屋をひらく』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ ルワンダは、アフリカ大陸の中央部に位置する内陸の国です。四国を一回り大きくしたくらいの国土で、丘が多いのだそう。 わたしが知っていることなんて、1994年のルワンダ虐殺を題材にした映画「ホテル・ルワンダ」くらいでした。 (画像リンクです) この映画はホテルの支配人が、民族の垣根を越えて避難者を受け入れるヒーロー物語なのですけど、映画のことを聞いたレストランスタッフのひとりは、 「あんなの嘘っぱちだから」 とバッサリ。 元ストリート・チルドレンだった人、シングルマザー、家族を失った人などなど、唐渡さんのレストランで働くスタッフたちも、虐殺を生き延びたものの、心に傷を負った人たちでした。 そんな歴史があるせいか、そもそもちゃんとした教育を受けていない人もいて、大学を出ても職がないくらい「仕事」が少ない国。英語ができる人ならナニー(子どものお守り)やレストランでの仕事に就くことができるようです。 旅行で訪れたルワンダに魅せられ、移住を決めた唐渡さん。友人に「タイ料理屋とかいいんじゃない?」と言われ、タイ料理屋さんをひらくことにします。 でも、レストラン経営なんてしたこともない、ただの会社員で、タイ料理なんて作ったこともない。 なのに、「Let's go~!」ばりに、5歳の息子さんと向かってしまうんです。 こんな大胆な行動力を持ち合わせていない、わたしって小心者だな……と思わせられることしきりです。 ルワンダでは、工事のお金をだまし取られたり、外国人料金をふっかけられたり。約束の時間は守られず、言うこともコロコロ変わる。 なんといっても、休日が、前日に大統領からラジオで知らされるようなところなんです!! ちょっとうらやましい……。 日本の“きっちり”した文化で生活していると、ある意味、「

『追憶の烏』#826

阿部智里さんの才能に、言葉を失ってしまった。 「八咫烏シリーズ」の最新刊『追憶の烏』は、この前に出た『楽園の烏』の前の時代を描いています。 思えば、第1巻の『烏に単は似合わない』と、第2巻の『烏は主を選ばない』は、同じ時間をはさんだ表裏の対になっていて、世界全体の起こりは第5巻の『玉依姫』。第3巻『黄金(きん)の烏』でようやく謎が明らかになるのに、第4巻『空棺の烏』は、また時代が戻って学園ものに。 「スター・ウォーズ」より、はるかにエピソードが前後している!!! そんな物語を引っ張ってきたのが、金烏と雪哉でした。デコボコな主君と従者のバディが、この先もずっと続いていくと思っていたのに。 『追憶の烏』は、あまりにも衝撃の展開で、あまりにもつらすぎました。 ☆☆☆☆☆ 『追憶の烏』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 「八咫烏シリーズ」は、<山内>という異世界が舞台です。ここで暮らす「八咫烏」は人間の姿に“転身”でき、金烏(きんう)という、“王”が治めています。 東西南北の各領地を治める“家”はライバル関係にあり、金烏の妃の座を巡って争ったり、金烏を引きずり下ろそうと策略を練ったり。 壮大でありながら、青春の痛みを感じさせる和風ファンタジーなんです。 9作目となる『追憶の烏』で一番感じたのは、着物や色の描写が豊かになったことでした。 これは、もしかしたら阿部さんの研究成果なのかもしれません。現在、早稲田大学大学院文学研究科の博士課程に在籍されているからです。 「ハリー・ポッター」シリーズを読んで小説家を志したというところは、めちゃくちゃ共感できますね。 でも。 実は、雪哉は黒焦げになるモブキャラだったという設定には、「うっ!!!」となりました。 累計85万部突破、今一番熱い“八咫烏シリーズ”! 最新刊『弥栄の烏』は「読者の価値観を揺すぶってみたかった」   前例のない女性の“金烏”をたてるための取り組みなんて、いまの日本を反映しているよう。よくまぁ、ここに切り込んだものだと驚きました。 ここまで読んできた者にとっては、雪哉の孤独が沁みる巻です。そんなに急激に「大人の階段」を登らなくてもいいのに。物語を読み終えて、表紙のイラストを見直したら、ホロリと泣けてきました。 さぁ、次はどの時代のお話になるのでしょう。 1巻から読んでみたいという方は、こちらの順番でどうぞ。まず世界観を

『7.5グラムの奇跡』#825

「潰しのきく人生を選んでしまうと、一生なんにもなれなくなる気がしたんです」 器用になんでも習得できる人なら、キャリアについての選択肢は多いはず。でも、不器用さんにとっては、どの道を選んでも茨の道に思えてしまいます。 すべてに不器用で、口下手な“野宮恭一”が唯一好きなことは、人の“瞳”をのぞくことでした。 自分の好きを信じて、視能訓練士となり、町の眼科医院で働く青年を描いた小説が、砥上裕將さんの『7.5グラムの奇跡』です。 ☆☆☆☆☆ 『7.5グラムの奇跡』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 眼科に行ったことがある方なら分かるかもしれません。お医者さんの診察の前に、いろいろと検査をしますよね。眼圧を測ったり(ピュッと空気が出てくるやつ)、視力を測ったり。こうした検査をしてくれる方が、視能訓練士です。 視力検査ではぜんぜん見えないはずなのに、野宮の名札は見える小学生。失明の危機にあるのに、カラーコンタクトレンズが止められない女性。 いろいろな症状を抱えて病院を訪れる患者たちは、年齢も、性別も、病気もさまざま。そのため、不器用な野宮はアワアワしながら一所懸命でした。 ちょっと怖いなと思ったのは「緑内障」の話でした。 「緑内障」とは、視神経に障害が起こり、視野(見える範囲)が狭くなる病気です。 実は、わたしは「緑内障」ではないかと疑われたことがありました。 校正の仕事を始めてからしばらくして、とつぜん視力がガクンと落ちたんです。わたしの視力は、小学生の時から両眼とも「2.0」。都会ではあまり役に立たない視力が自慢でした。 なのに、駅のホームに立っていて、次の電車の発車時刻を表示した看板の文字が見えない。これが、生まれて初めての「見えない」体験でした。 あまりにも急激に視力が落ちていったので、夫が「病院に行きなよ!!!」と心配してくれたのでした。この時は、単に目を使いすぎて疲れていただけだったんですけど。 「緑内障」は、発症すると完治はせず、目薬をさして眼圧が上がらないようにコントロールするくらいしか治療法がないそう。これが、小説の中でもトリック(?)になっています。 閑話休題。 砥上裕將さん『線は、僕を描く』でデビュー。第59回メフィスト賞受賞作です。傷ついた少年が、水墨画と出会って自分を取り戻していく物語で、ウルウルさせられました。 夢中がつくる自分の形 『線は、僕を描く』