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映画「ユンヒへ」#920

「雪が溶けたら、なんになる?」 学校の問題なら答えは「水」で、そう答えるのが合理的なのでしょうけれど。ここはやっぱり「春になる!」と答えたい。 堂々と、胸を張って。 イム・デヒョン監督の長編2作目となる「ユンヒへ」には、印象的な台詞がいくつか出てきます。 わたしがとても心に残っているのは、  「雪はいつ止むのかしら」 でした。 最初と半ばと最後に登場するこの言葉。性的マイノリティであることを、隠さずに生きられるようになった社会を象徴しているように感じました。 ☆☆☆☆☆ 映画「ユンヒへ」 https://transformer.co.jp/m/dearyunhee/ ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 韓国の地方都市で高校生の娘と暮らすシングルマザーのユンヒの元に、小樽で暮らす友人ジュンから1通の手紙が届く。20年以上も連絡を絶っていたユンヒとジュンには、互いの家族にも明かしていない秘密があった。手紙を盗み見てしまったユンヒの娘セボムは、そこに自分の知らない母の姿を見つけ、ジュンに会うことを決意。ユンヒはセボムに強引に誘われ、小樽へと旅立つことにするが……。 ユンヒを演じたキム・ヒエさんは、ドラマ「密会」や映画「優しい嘘」に出演されている方です。 (画像リンクです) 「優しい嘘」の方は、Amazonのレンタルで配信されています。 (画像リンクです) とにかくキレイで、清楚で、おっとりしていて、ステキな女性なんですよね。「ユンヒへ」では、シングルマザーとして働きながら娘のセボムと暮らしています。 そのセボムが、ジュンからの手紙を読んでしまったことから物語は動き出します。いや、そもそも出すつもりのなかった手紙を、ジュンのおばさんが“気を利かせて”投函してしまったことから、かな。 ふたりの「おせっかい」によって、ユンヒとジュンの再会がお膳立てされるのですが。 この映画の一番よかったところは、回想シーンがなかったことかもしれない、と思うのです。過去に何があったのかは、交わされる手紙の文面で想像するしかない。 それだけでも伝わってくる、痛ましい別れの記憶。 「わたしは、この手紙を書いている自分が恥ずかしくない」と語るジュンも、自分について語らないユンヒも、20年もの間、「雪が止む」のを待っていたのかも。 雪の下に埋められ、なかったことにされてしまった想いを、掘り出すことはできるのか。

映画「クライ・マッチョ」#919

カウボーイハットをかぶって、馬にまたがる。 それだけで拍手が沸き起こるのは、世界でもクリント・イーストウッドだけかもしれない。「許されざる者」以来、30年ぶりに馬に乗った撮影で、スタッフは興奮したそうです。 西部劇で名を上げた俳優が、老いては元ロデオスターを演じるなんて、出来すぎなんじゃないかと思っていたけれど。 やっぱ、いいんですよ。さまになる。 銃でもって「正義」を知らしめるアメリカ的なヒーローから、「正義」のネガティブな側面までを描いてきたイーストウッドの、監督デビュー50年、40作目の記念作という映画「クライ・マッチョ」。 自身を「クソジジイ」感たっぷりだけど、チャーミングな老人に仕立てた、継承と再生の物語です。ニワトリが演技できるなんて、意外しかなかった! ☆☆☆☆☆ 映画「クライ・マッチョ」 https://wwws.warnerbros.co.jp/crymacho-movie/ ☆☆☆☆☆ <あらすじ> かつて数々の賞を獲得し、ロデオ界のスターとして一世を風靡したマイク・マイロだったが、落馬事故をきっかけに落ちぶれていき、妻と息子を事故で亡くしてしまう。いまは競走馬の種付けで細々とひとり、暮らしていた。そんなある日、マイクは元の雇い主からメキシコにいる彼の息子ラフォを連れてくるよう依頼される。不良少年のラフォを探しだし、メキシコからアメリカ国境を目指すことになったマイクだったが、その旅路には予想外の困難や出会いが待ち受けていた。 映画の中で、イーストウッド演じるマイクがかぶっているカウボーイハット。たくさんのサンプルから一点を選ぶ時は、イーストウッドも加わったとのこと。 そんなカウボーイハットには、つばの広さや頭を入れる部分の高さなど、さまざまな種類があるそうです。 前田将多さんの『カウボーイ・サマー』には、カナダに到着してすぐに帽子を買いに行った話が出てきます。それくらいカウボーイにとっては命、なんでしょうね。  ☆☆☆☆☆ 『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ そんな大切な帽子を、友人の息子ラフォが「かぶってみたい」とおねだりするシーンがあります。最初はバッサリと断るマイク。でも、あれこれ御託を並べるラフォに「かぶってみろ」と渡すんです。 (画像は映画.comより) ええっ!? その展開?? そう思っ

『神様の友達の友達の友達はぼく』#918

クリント・イーストウッド監督デビュー50年、40作目の記念作という映画「クライ・マッチョ」を観ながら、なぜか最果タヒさんの言葉を思い出していました。 “人の心情とはばらばらで、辻褄のあわないものだと思うのだけれど、それゆえにひとつひとつに明確な言葉を与えていくと、自分の中で矛盾が膨らみ、自分を見失うことになるように思う。” 現代の日本では、スキルとしての「言語化」が注目されているけれど、言葉にすることでこぼれ落ちてしまうものもある。言葉にするということは、どうしたって具体の全部を表すことができないのだから。 そんな“不自由な”言葉への想いを綴ったエッセイが、『神様の友達の友達の友達はぼく』です。 ☆☆☆☆☆ 『神様の友達の友達の友達はぼく』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ この本のおもしろいところ、というか、校閲ガールとして苦しかったところは、カギカッコの中の文字が、中心からズレているところでした。 段落の最初の文章も、字下げの設定が自由。 これは……苦しい。 揃えたくなる。 そんな自分の感情と向き合いながら読んでいると、自分のかけている「色メガネ」が鮮明に感じられるんです。 人とつながることや孤独と付き合うこと、「世間」という謎の集団と自分との距離感などに、チクチクと揺さぶられている自分がいる。 わたしはどんな性格診断をしても、「孤独を愛しすぎている」と結果がでるくらいだけど、それでも、人と同じモノを持ち、人と同じ道を歩くことに安心していることがあります。 堂々巡りのつぶやきのように放たれる、数々の言葉の玉。ひとつずつポケットに入れて、ジャラリジャラリと感じていたい。 “心の壁をぶち壊すためのメソッドとか、わたしには時々暴力に思える。わたしの心の壁は、わたしのものです。あなたにぶち壊す権利はないと、静かに言える強さが欲しいわ。” 映画「クライ・マッチョ」は、メキシコに住む少年が、落ちぶれた元ロデオスターの男と一緒に旅をしながら、本当の「マッチョ=強さ」を知る物語です。 孤独のために、心に壁を築いていた少年と、老いた男の信念が、ジワジワと響いてきます。 不用意に放たれる言葉に傷つけられることもあるけど、救いもまた、言葉と共にあるのかもしれないと思った。

『暗幕のゲルニカ』#917

なんとなく、芸術家は政治に無関心なのだと思っていました。 原田マハさんの『暗幕のゲルニカ』を読むまでは。 崇高な精神を表すアートと、世知辛い世の中を映す政治にギャップがあったせいかもしれません。 でも。 芸術家こそ、自分の想いを形にして、政治にもの申すことができるんですよね。 『暗幕のゲルニカ』は、ピカソの名画「ゲルニカ」を巡り、過去と現在が交差するミステリーで、一気読み必至。そして、あらためて芸術の影響力を感じました。 ☆☆☆☆☆ 『暗幕のゲルニカ』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 物語の主人公は、MoMAのキュレーター八神瑶子。ということは、原田さん自身の経歴とも重なります。エスカレーターの描写や、コーヒーショップのエピソードなど、「ニューヨーカー」のリアリティを感じました。 もうひとりの主人公は、1937年のパリで暮らす、ピカソの恋人で写真家のドラ・マール。ピカソの愛情をひとり占めしていることへの自信と、傲慢さが見え隠れするような人物です。 ふたりの住む世界が交互に描かれ、物語は進行していきます。 内戦に苦しむ母国・スペインを支援したいと悩むピカソと、ゲルニカへの空爆。 そして、ニューヨークで起きた同時多発テロと、イラクへの空爆。 いくつもの戦争と恋の結末が、「ゲルニカ」の絵へとつながっていく。 「ゲルニカは私たちのものだ」 何度も登場するこの言葉は、ラストシーンの強烈さに結びついていて、忘れられない。 アートに詳しくなくても楽しめるのが、原田さんの小説のよいところかも。 実は「ゲルニカ」のレプリカが、東京にあります。丸の内のオアゾ1階にある広場の壁に展示されているんです。セラミックとはいえ、原寸大。迫力あります。 本の表紙にも描かれてはいますが、この大きさにピカソの絶望を感じてしまう。

『怖い絵』#916

中野京子さんの『怖い絵』は、「背景を知る」ことの大切さを教えてくれた本でした。 知識を持って見ることで、より深く味わうことができる。それは、美術だけでなく、小説や映画などでも同じかもしれません。 なによりドラマチック! 中野さんは「自分は美術の専門家ではなく、ドイツ文学を研究している者なのに」と書いておられましたが、だからこそ、「感覚」ではない美術鑑賞に着目した本が出来上がったともいえそうです。 ☆☆☆☆☆ 『怖い絵』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 多くのシリーズが刊行されていて、2017年にはシリーズの10周年を記念した「怖い絵」展も開催されました。 この時の目玉だったのが、ポール・ドラローシュが描いた「レディ・ジェーン・グレイの処刑」。思っていたよりも巨大で、堪能しました。 知れば知るほど背筋が凍る! 中野京子が選んだ、本当に“怖い絵”。   レディ・ジェーン・グレイは、在位9日でロンドン塔に幽閉され、処刑されてしまったというイギリス最初の女王です。「ジェーン女王」ではなく、「レディ」と呼ばれているところがすでに、悲劇の匂いがしますね。 処刑された時は、わずか16歳。結婚してから間もなかったそうで、左手にはめた指輪がピッカピカでした。本で彼女の境遇を知っていたからこそ、それに気付いたのだと思います。そして涙を誘われました……。 ドガの「踊り子」や、「サロメ」など、有名な絵も掲載されています。原田マハさんの小説『サロメ』を読んだときも、「怖い絵」展で見た絵を思い出しました。 『サロメ』#915   背景を知っていると、描いた人の情念まで受け取ってしまいそうだな。

『サロメ』#915

相手の破滅を望むほどの感情を、愛と呼べるのだろうか? 原田マハさんの小説『サロメ』は、オスカー・ワイルドの戯曲と、その挿絵を描いたオーブリー・ビアズリー、そしてオーブリーの姉であるメイベルの物語です。 同性愛が「犯罪」として扱われていた時代、ワイルドは逮捕され、投獄されるのですが、その背景にいたのは誰なのかが明らかになっていきます。超・仲良しだった姉弟を襲った愛憎劇に、「愛」とはなんなのかを考えさせられました。 ☆☆☆☆☆ 『サロメ』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 上は文庫本の表紙で、単行本の方は表紙が違います。こちらが、小説にも出てくる雑誌「The Studio」の創刊号(1893年4月)に掲載された「クライマックス」という作品なのだそう。 (画像はAmazonより) オスカー・ワイルドは、アイルランド出身の詩人・劇作家で、産業革命によって経済発展を遂げた時期のイギリスに、耽美的・退廃的な作品を発表して話題になりました。 わたしが読んだことがあったのは、『幸福な王子』くらいかも。「幸福な王子」と呼ばれる像が、自分の身体に埋め込まれた宝石を貧しい人たちに分け与えた結果、みすぼらしい姿になった王子の像も捨てられてしまう、というお話です。 (画像リンクです) 1893年に発表された『サロメ』は、当初はイギリスで舞台化するつもりでしたが、聖書に登場する聖人を扱った戯曲は禁止されていたそうで、フランス語で書かれました。 その英語版を作る際、挿絵を描いたのがオーブリー・ビアズリーです。 彼のイラストについては、中野京子さんの『怖い絵』でも触れられています。 (画像リンクです) 上野で行われた「怖い絵展」ではグッズも販売されていて、わたしも買いました。思わず見入ってしまうほどの妖しさを放っていたんですよね。 『サロメ』の物語自体は、史実を基にしたフィクションですが、イラストの禍々しいほどの魅力を感じていただけに、背筋がゾワワワッとするほどの恐怖を味わいました。 病弱な弟・オーブリーのために、母の愛も、自身の幸せも、すべてを投げ出してきたメイベル。女優として活動しようとしますが、芽が出ず、くすぶっているところに出会ったのが、オスカー・ワイルドでした。 それぞれに、それぞれの形でオスカーに惹かれていく姉と弟。 「超・仲良し」の意味するところは、ほんのりと示される程度ですが、実際に

『カイジ「したたかにつかみとる」覚悟の話』#914

『カイジ』って、こんな話だったのか!! 原作のマンガは読んだことがなく、映画版を観て「うーーーーん」となって。原作と映画はだいぶ違うよ!!と聞いて、「ふーーーーん」程度の反応しか示せないくらい、私の中で距離があったのですが。 経済ジャーナリストである木暮太一さんの『カイジ「したたかにつかみとる」覚悟の話』を読んで、やっと人気の秘密が分かった気がしました。 ☆☆☆☆☆ 『カイジ「したたかにつかみとる」覚悟の話』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 『賭博黙示録 カイジ』とは、福本伸行さんの代表作で、全13巻のマンガです。 (画像リンクです) 自堕落な日々を過ごしていた伊藤開司(カイジ)が、自分が保証人になっていた借金を押しつけられ、ギャンブル船「エスポワール」に乗り込む……というお話です。 藤原竜也さんが「カイジ」を演じた映画版なら観たことがある、という方もいるかもしれませんね。わたしもそうでした。 (画像リンクです) わたしの数少ない「経営者」の知人から、絶大な支持を得ているマンガのひとつでもありました。 でも、映画版を観ただけのわたしには、とても不思議だったんですよね。 いったい、どこにそんな魅力が?(映画が好きな方、ごめんなさい……) 「カイジ」は特別なスキルを持っているわけでもなく、努力の天才というわけでもありません。むしろ逆。自分に甘く、のらりくらりとした暮らしを送っていただけ。 でも、命のやり取りをする現場に放り込まれて、どんどんと変わっていきます。 彼を変えたのは、覚悟。 勝つために世の中のルールを知れ。そして他人が決めたルールに振り回されるな。 そんな進化の魅力が、『カイジ「したたかにつかみとる」覚悟の話』でやっと分かりました。本は経済の話が中心ですが、自分の人生を生きるためのマインド形成にも役立つエキスが満載です。 こういう進化を遂げられれば、人生はエキサイティングになるのかも。でも、命のやり取りはイヤだな。 「会社員」を卒業したいま。読みたかったマンガを制覇しようと、ひとつずつ味わっているところです。 さぁ、読書タイムだ。かなり眠いけど🥱 pic.twitter.com/nOzdnpHT6d — mame3@韓国映画ファン (@yymame33) January 6, 2022 次は『カイジ』にするかな。