韓国で歴史上の偉人と呼ばれる人といえば、朝鮮王朝第4代国王「世宗」でしょう。1万ウォン紙幣のモデルになるほど尊敬されている人物です。
天文学などの科学技術を取り入れる一方、様々な文化を振興しました。一番の功績は「ハングルの創製」。朝鮮半島で使われている文字=ハングルは、人工的に作られた表音文字なのです。
これまでにも多くのドラマや映画で取り上げられた人物ですが、「王の願い ハングルの始まり」では、「パラサイト 半地下の家族」のソン・ガンホが王を演じるとあって注目していました。
庶民の代表のような、粗雑さと愛嬌のカタマリのような、暴力と狂気の発露のような、ソン・ガンホが、「世宗大王」を演じる……。
本国韓国では、いろいろあって不興を買ったようですが、わたしは弱り行く王の人間的な姿に打たれました。
そうなんです。今度のソン・ガンホは弱い。だから、沁みるんです。
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映画「王の願い ハングルの始まり」
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(画像リンクです)☆☆☆☆☆
朝鮮には自国語を書き表す文字が存在せず、上流階級だけが中国の漢字を学び、使用していた。この状況をもどかしく思っていた世宗は、誰でも容易に学べ、書くことができる独自の文字を作ることを決意する。何か国もの言語に詳しい和尚シンミとその弟子たちを呼び寄せ、文字作りへの協力を仰いだ。最下層の僧侶と手を取り合い、庶民に文字を与えようとする王の行動に、臣下たちが激しく反発する中、世宗とシンミは新たな文字作りに突き進んでいく。
「ハングルの創製」のドラマなら、ハン・ソッキュが世宗を演じた「根の深い木」が思い浮かびます。開発の苦労と妨害を描いたミステリーです。
そのハン・ソッキュが再び世宗を演じ、科学者チョン・ヨンシルとの身分を越えた友情を描いた「世宗大王 星を追う者たち」。韓国では「王の願い ハングルの始まり」の5か月後に公開されています。
歴史上の偉大な人物、国の根幹である「ハングルの創製」の秘話とあって、見る目も厳しくなったのかもしれません。ですが、映画はあくまでもフィクション。「あったかもしれない物語」としてつくられたものなのです。
監督のチャ・チョルヒョンは、ソン・ガンホが、これまた偉大な王として名高い“英祖”を演じた「王の運命 歴史を変えた八日間」で脚本に参加しています。
約30年もの間、時代劇の製作に関わってきたそうで、一度は演出も経験してみたくて、この映画をつくったと語っています。
パク・ヘイルが演じたシンミ僧侶や、この映画が遺作となったチョン・ミソン演じる昭憲王妃らは実在の人物。ただ、実際にハングルの開発にシンミ僧侶が関わっていたという事実はないそうです。
シンミ僧侶は、逆賊の息子で、朝鮮時代は弾圧対象だった仏門の僧侶。なのに、めちゃくちゃ堂々と王とわたりあうのです。秘めた想いはありつつ、最後には王の計画に協力する。なにより、パク・ヘイルって、頭の形がめちゃキレイ!
(画像はKMDbより)
ドラマなどで朝鮮王朝の「王妃」は、ハラハラと泣いているか、悪巧みをしているかなことが多いんですが、この映画の王妃は違います。
研究が思うように進まない焦りと、臣下たちの反発、そして弱っていく身体にいらだちをつのらせる王をなだめ、励まし、シンミ僧侶との仲をとりもつ昭憲王妃の姿は、“国母”という称号がピッタリでした。
(画像はKMDbより)
王の入浴に付き添うシーンがあるのですが、長年連れ添った普通の夫婦という温もりがにじむ演技で、すばらしかったです。
ソン・ガンホ、パク・ヘイル、チョン・ミソンは、ポン・ジュノ監督の「殺人の追憶」で共演した仲。撮影時にはポン監督が遊びに来ることもあったのだそう。
そしてシンミ僧侶の弟子として、かわいいお坊さん姿を見せてくれたのが、タン・ジュンサンくん。「愛の不時着」で北朝鮮兵士の末っ子兵士を演じ、「ムーブ・トゥ・ヘブン:私は遺品整理士です」では障害を抱えつつも仕事に邁進する青年を演じた彼です。
一休さーん!!
(画像はKMDbより)
「王の運命 歴史を変えた八日間」が好評だっただけに、辛口コメントの目立つ皮肉な結果になった「王の願い ハングルの始まり」。
これは賢帝の弱さが受け入れられなかったのではないか、という気もしています。偉大な人物は、どこまでも強くあらねばならない。そんな願い、というよりも決めつけは、わたしの中にもあるように思います。
でも、いくら偉大な業績を残した人だって、イケイケの時だけではなかったはず。
強い照明を使わず、当時の暗さを思わせる王宮内で、自らの不安を打ち明ける王。糖尿病による失明の危機にあった世宗の「視界」を示しているようでもありました。
「この世には主人となる人と、旅人となる人がいる。主人となって発つ旅人になりましょう」
本音を打ち明けることで、生まれた強い絆。手を取り合う王と王妃、そして僧侶のプロジェクトXに、胸が熱くなったのでした。
映画情報「王の願い ハングルの始まり」110分(2019年)
監督:チョ・チョルヒョン
脚本:チョ・チョルヒョン
出演:ソン・ガンホ、パク・ヘイル、チョン・ミソン、キム・ジュンハイ、タン・ジュンサン
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