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映画「ユンヒへ」#920

「雪が溶けたら、なんになる?」 学校の問題なら答えは「水」で、そう答えるのが合理的なのでしょうけれど。ここはやっぱり「春になる!」と答えたい。 堂々と、胸を張って。 イム・デヒョン監督の長編2作目となる「ユンヒへ」には、印象的な台詞がいくつか出てきます。 わたしがとても心に残っているのは、  「雪はいつ止むのかしら」 でした。 最初と半ばと最後に登場するこの言葉。性的マイノリティであることを、隠さずに生きられるようになった社会を象徴しているように感じました。 ☆☆☆☆☆ 映画「ユンヒへ」 https://transformer.co.jp/m/dearyunhee/ ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 韓国の地方都市で高校生の娘と暮らすシングルマザーのユンヒの元に、小樽で暮らす友人ジュンから1通の手紙が届く。20年以上も連絡を絶っていたユンヒとジュンには、互いの家族にも明かしていない秘密があった。手紙を盗み見てしまったユンヒの娘セボムは、そこに自分の知らない母の姿を見つけ、ジュンに会うことを決意。ユンヒはセボムに強引に誘われ、小樽へと旅立つことにするが……。 ユンヒを演じたキム・ヒエさんは、ドラマ「密会」や映画「優しい嘘」に出演されている方です。 (画像リンクです) 「優しい嘘」の方は、Amazonのレンタルで配信されています。 (画像リンクです) とにかくキレイで、清楚で、おっとりしていて、ステキな女性なんですよね。「ユンヒへ」では、シングルマザーとして働きながら娘のセボムと暮らしています。 そのセボムが、ジュンからの手紙を読んでしまったことから物語は動き出します。いや、そもそも出すつもりのなかった手紙を、ジュンのおばさんが“気を利かせて”投函してしまったことから、かな。 ふたりの「おせっかい」によって、ユンヒとジュンの再会がお膳立てされるのですが。 この映画の一番よかったところは、回想シーンがなかったことかもしれない、と思うのです。過去に何があったのかは、交わされる手紙の文面で想像するしかない。 それだけでも伝わってくる、痛ましい別れの記憶。 「わたしは、この手紙を書いている自分が恥ずかしくない」と語るジュンも、自分について語らないユンヒも、20年もの間、「雪が止む」のを待っていたのかも。 雪の下に埋められ、なかったことにされてしまった想いを、掘り出すことはできるのか。

映画「鋼鉄の雨」#891

ヤン・ウソク監督自身が描いたウェブトゥーン作品「鋼鉄の雨」。映画化第2弾の「スティール・レイン」が、現在日本でも公開されています。 映画「スティール・レイン」#890   第1弾の「鋼鉄の雨」は、Netflixで配信中。シリーズとはいえ、ストーリーに関連性はないので、どちらから観ても大丈夫です。ただ、主要なキャラクターは同じ俳優が立場を変えて演じているので、「スティール・レイン」から観た方が混乱しなくていいかもしれません。 ☆☆☆☆☆ 映画「鋼鉄の雨」 https://www.netflix.com/title/80226234 ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 北朝鮮でクーデターが起こり、最高指導者が瀕死の重傷を負った。その場に居合わせた元エリート工作員オム・チョルウは、意識不明の最高指導者を連れて韓国へ脱出する。北朝鮮の宣戦布告により緊張が走る中、偶然にも韓国の外交安保首席クァク・チョルウと出会ったオムは、最悪のシナリオを回避するべく奔走するが……。 元エリート工作員オム・チョルウを演じるのは、チョン・ウソン。上官の命令を受けて行動していたものの、予想外の事態に接して、やむなく南へと38度線を越えてしまう。 この設定は、「愛の不時着」を思い出させますね。実際、ヒョンビンたちが使った地下トンネルが、この映画にも登場します。 韓流ドラマの法則を押さえた韓国版ロミジュリ ドラマ「愛の不時着」 #335   南側で待ち受けていたのは、クァク・ドウォン演じる韓国政府高官のクァク・チョルウ。なにかと衝突しながら、同じ「チョルウ」という名前をもつふたりがバディを組んで、北の指導者を治療し、送り返すというムリゲーなミッションに挑むんです。 オム・チョルウの漢字名は、厳鐵友。 クァク・チョルウの漢字名は、郭哲宇。 映画タイトルの「(鋼)鉄の雨」も、韓国語読みすると「チョルウ」となります。この「チョルウ」というワードは、「スティール・レイン」にも登場します。邦画タイトルも英語表記にしただけですしね。 で、南のチョルウが、北のチョルウに言うんです。 こんな言葉がある。 「分断国家の国民は、分断の事実よりも、分断を政治的に利用して利益を得る者のために苦しめられる」 この悲劇性が、「スティール・レイン」に引き継がれた一番大きなものだったかもしれません。 マンガが連載されていたのは2011年。映画

ドラマ「あなたに似た人」#889

怒りを暴走させても、誰も幸せになれない。 分かっていても止められないのが暴走状態なわけで、一番苦しいのは「自分」なんですよね。 誰もが「幸せになりたい」と思いながら生きているのに、なぜ世の中はこんなにもやさしくないんだろう。 「やり直す」ことを選ぶのは、なんて難しいことなんだろう。 なんてことを、コ・ヒョンジョンとシン・ヒョンビン主演のドラマ「あなたに似た人」を観ながら、ずっと考えていました。 ☆☆☆☆☆ ドラマ「あなたに似た人」 https://www.netflix.com/title/81473219 ☆☆☆☆☆ <あらすじ> チョン・ヒジュは、娘が学校で教師から暴力を受けたという連絡を受け取る。そこで出会ったのは、かつての友人で、自分に絵を教えてくれたヘウォンだった。彼女が意図的に近づいてきたのではないかと疑うが……。 ミス・コリアで第2位となり、俳優としてデビューしたコ・ヒョンジョン。 常に勝ち気で、凜として、傲慢なほどゴージャスな役を演じてきました。わたしは 「善徳女王」 のミシル役ですっかりファンになりました。「レディプレジデント〜大物」の大統領姿も好き。 そんなコ・ヒョンジョン演じるチョン・ヒジュは、貧乏なDV家庭で苦労して育ち、お金持ちの夫と結婚して、いまでは画家として活躍しているという“成り上がり”な役柄です。 (画像はNetflixより) ヒジュを不幸にするのが目的、と語る、かつての友人ク・ヘウォンを演じるのはシン・ヒョンビン。 「賢い医師生活」 のギョウル先生は、空気は読めないけど一所懸命でかわいかったのに。 あのキョトン顔で毒を吐きまくるのです。 (画像はNetflixより) ヘウォンの夫ソ・ウジェは長く行方不明になっていて、ようやく発見した時には、むかしの記憶を失っていました。 いったい彼に何があったのか。 年齢差はありつつも、仲良しだったヒジュとヘウォンは、なぜ対立するようになったのか。 過去が明らかになった時、久しぶりに「マクチャンドラマ」の面影を見たように思いました……。 「マクチャンドラマ」とは、非現実的なことが頻発して、展開に行き詰ったようなドラマのことです。韓国ドラマあるあるの「記憶喪失・交通事故死・出生の秘密・不治の病」なんかが、それですね。 ヘウォンに追い詰められ、やつれていくヒジュ。コ・ヒョンジョンは美しく、気高い姿が特

映画「君が描く光」#868

絶対的に、自分の味方をしてくれる人はいますか? 「ばあちゃんは、あんたの味方だから。好きなことをやんなさい」 映画「君が描く光」では、12年ぶりに孫娘と再会したおばあちゃんが、そう言ってくれます。だから孫娘ははりきって、何でもやればいいのに。孫娘にはある秘密が隠されていました。 絶望の中でふたりが見つけた光とは? 済州島の海女おばあちゃんケチュンを演じるのは、 「ミナリ」 でアカデミー賞助演女優賞を受賞したユン・ヨジョン。孫娘ヘジは、 「トッケビ」 のキム・ゴウンです。 ☆☆☆☆☆ 映画「君が描く光」 DVD (画像リンクです) Amazonプライム配信 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 済州島のベテラン海女ケチュンは、孫娘のヘジと幸せな生活を送っていたが、ある日ヘジがいなくなってしまう。八方手を尽くしたが彼女は見つからない。12年の年月が経過したとき、突然ヘジが帰ってくる。何があったのか言おうとしないヘジと、ケチュンは再び一緒に暮らしはじめるのだが……。 海女という、自分の身体ひとつで自然と向き合う仕事で、生計を立ててきたケチュンおばあちゃん。頭の中は孫娘のヘジのことだけです。 ずーーーーーっと胸を痛めてきて、ようやく会えた孫娘なので、村の人が「なんか怪しい」と言っても、耳を貸さない。ヘジが絵を描くのが好きなのだと分かり、全力で支援します。 ヘジを導く美術教師は、 「詩人の恋」 のヤン・イクチュンが演じています。 (画像はnamuwikiより) 都会の中で荒んだ生活をしていたヘジ。周囲の人は、“若い女”である自分を利用しようとするばかりで、まともな信頼関係に基づくコミュニケーションを知らないままなんです。 でも。 おばあちゃんは12年ぶりに現われたヘジを、なめるようにかわいがるので、ヘジはちょっと、とまどってしまうんですよね。この辺り、ユン・ヨジョンの“傍若無人”なかわいがり方が「ミナリ」を彷彿させます。 むかしといまをつなぐキーワードとして、飼っていた豚の話が出てくるんですが、実際に済州島では、排泄物をエサとして食べさせていたそう。韓国の水原(スウォン)にあるトイレ博物館にも模型が展示されていました。 左の岩の穴が、いわゆる「ボットン便所」の底です。子豚が倒れているのは、訪れたのが台風の翌日だから……だと思います。笑 都会の子が、こんな「親環境的」な

映画「リスペクト」#865

神の歌声に秘められた、大きすぎる痛みに泣いた。 ソウルの女王と呼ばれ、アメリカのローリング・ストーン誌が選ぶ「史上最も偉大な100人のシンガー」の第1位に選ばれたアレサ・フランクリン。2009年1月20日、オバマ大統領の就任式で「My Country, 'Tis of Thee」を披露した方です。 彼女の半生を映画化するにあたり、アレサ本人の指名を受けたのは、ジェニファー・ハドソン。 いやー、これ以上のキャスティングはなかったかも。 映画「リスペクト」は、アレサの子ども時代から歌手として成功した後の、アルコール依存症と家庭内暴力というどん底状態を経て、伝説のステージで「アメイジング・グレイス」を歌い上げるまでを描いています。 ☆☆☆☆☆ 映画「リスペクト」 https://gaga.ne.jp/respect/ ☆☆☆☆☆ アレサは、お父さんが有名な牧師で、公民権運動のリーダーだったため、マーティン・ルーサー・キング牧師とも親しく付き合い、自宅にはダイナ・ワシントンやサム・クックがゲストとしてやってくるような環境で育っています。 子どものころから天才シンガーとして注目され、16歳でレコードデビュー。最初の頃は鳴かず飛ばずで、父が力を入れる公民権運動の資金集めに利用されているのでは、という疑いもありつつ逆らえない。 全力で歌い、プレッシャーを引き受け、ダークサイドと闘い続けているのは自分なのに、契約などの重要なシーンでは、男同士で握手が交わされる。支配的な父の下で、アレサはお人形のように無垢な表情を浮かべています。 (画像は映画.comより) アレサの人生の辛いところは、二重の支配を受けてきたところです。 「Black」として社会的に差別され、女性として男たちよりも下に置かれる。父も、アレサの最初の夫となったテッドも、まったくアレサの意志に耳を傾けることがない。 歌と暴力、歌手仲間であり、家族であるはずの姉妹との不和。そこからアルコールが手放せなくなったアレサは、救いを求めて自らの“ホーム”である、教会を訪れます。 自分を取り戻し、震えながら上った舞台の様子は、「アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン」として映像化されています。 1972年1月にロサンゼルスのニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会で行われたライブ映像で、こちらはAmazonプ

ドキュメンタリー映画「あなた、その川を渡らないで」#863

今日11月22日は、「いい夫婦の日」です。 この日には必ず、「あなた、その川を渡らないで」という韓国のドキュメンタリー映画を思い出します。 結婚76年目の老夫婦の日常を追った映像で、98歳のおじいちゃんと89歳のおばあちゃんのラブラブぶりに、すっかりあてられてしまうのですけれど。 生きとしいけるものには寿命がある。 最高のパートナーといえども、いつか別れの時がくる。 激動の時代を生き抜いたふたりの、穏やかな愛の形に涙が止まりませんでした。 ☆☆☆☆☆ ドキュメンタリー映画「あなた、その川を渡らないで」 DVD (画像リンクです) Amazonプライム配信 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ おふたりが住んでいるのは、雪深い江原道の山奥。子どもたちは皆、都会に出て仕事をしていて、お互いだけが頼りです。というと、寂しい侘しい貧しい暮らしが思い浮かぶと思うのですが、印象はまったく逆です。 ♪ ふ~たりのため~ せ~かいはあるの~ ホントにこんな風に暮らしている夫婦がいるんだ……と思うくらいのラブラブ生活。 春は野花を摘んでお互いの髪に飾り、夏は水遊び、秋は落ち葉でいたずら、冬は雪合戦。これがドラマなら、「いまどき、10代でもこんなベタな恋愛しないよ」なんてレビューが付いてしまいそうなくらい微笑ましい光景です。 これは撮影用の「演出」なのかという疑問も上がったそうですが、ガチでずーーーっと一緒なんだそう。 お茶目でロマンチストで、気遣いにあふれているおじいちゃんは、おばあちゃんのことが大好き。この家のトイレは外にあるため、夜に用を足す時は、おばあちゃんが怖くないように歌をうたってあげたりなんかもしてます。 落ち着けない気もする……。 老夫婦はずっとおそろいの韓服を着ていて、これは子どもたちが誕生日ごとに贈ってくれたものだそう。いっぱいあるので、日々着ることにしたとのこと。これもかわいいしかない。 (画像は映画.comより) 映画は、雪の中で泣き続けるおばあちゃんの姿から始まります。大きな土まんじゅうには草も生えておらず、雪も積もっていない。つまり、作られたばかりの「お墓」の前なんです。 人生最高で最愛のパートナーといえる人に出会うことは、幸せなことだといえるでしょう。でも、出会ったご縁を育てることこそ、人生の一大事業といえるのかも。 「いい夫婦」について、「心地よい関係」につい

『マチズモを削り取れ』#855

合気道の稽古に「かかり稽古」というものがあります。 通常の稽古は、ふたり一組になって、取り(技をかける方)と受け(技をかけられる方)を交代しながらやります。 「かかり稽古」はというと、5人~8人くらいが一組になり、ひとりが全員に技をかけていく、というものです。受けが順番に「かかって」いくから、「かかり稽古」と呼ぶのかしら。そこはよく知らないのですが。 ある時、身長180cm超のデカイ男性ばかりのチームに入ってしまったことがありました。一人目が投げられ、二人目が投げられ、三人目がわたしです。 けど。 明らかに取りの人は、わたしを見失っていました……。 ピョンピョン跳びながら手を振ると、ようやく目線が下に降り、わたしを発見。思わず、ふたりで吹き出しました。稽古中に笑っちゃいけないんだけど。 ふだん、町を歩いていて、ガタイのいい人ほどぶつかってくるのは、わたしが視界に入っていない性なのか?と、この時、思いました。 もちろん、もう少し注意深く歩いてよ、とは思いますが、視点を変えてみると、意外なことにイラッとポイントがあることが分かるはず。 チビッコで、女性で、おばさんであるわたしなんて、いろいろ大変なんですよ、ホントに。 たぶん正反対の極にいる、ガタイのいい男性であり、ライターである武田砂鉄さんが、視点を変えることで世の中にある「マチズモ=男性優位主義」に気付いていく、という本が『マチズモを削り取れ』です。 ☆☆☆☆☆ 『マチズモを削り取れ』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ ジェンダーギャップ指数、先進国でぶっちぎりの最下位である日本。 ヘイトスピーチは放置され、レイプされても女性に問題があることにされ、なのに「活躍」と「看護」を両立せよと迫られています。冗談としか思えない。 【独自】経団連、女性の両立支援強化に注力…春闘方針案 : 経済 : ニュース   「マチズモ」とは、男性が優位でいられる社会的な構図や、言動のことです。 日本にあふれる「マチズモ」を指摘し、毎回、武田さんに「お題」を出すのは、編集者のKさん。とにかくいろんなことに怒っているKさんですが、決して「ささいなこと」なんかじゃない。女性にとってはシビアにしびれる大問題。 だけど、こんなにも、男性の目には映っていないのか……と、武田さんの体験を読みながら感じました。 「女性活躍」とか、「男も大変なんだよ」とか言

『ワイルドサイドをほっつき歩け』#849

人は、こんなにも変わってしまうのか。 最近、恐怖したことがありました。早期退職して、ワイドショーをはしごするようになった「でぶりん」こと、ダンナ氏。もともとテレビ大好き・テレビが唯一の友だちな人だったので、放っておいたのですけれど。 まるで当事者意識のない、上から目線の評論家みたいなことを言うようになったのです。 もともと口数は少なくて、愚痴も言わないタイプだったのに。ちょっと心が追いつけなくなってしまいました。 ついに耐えきれず、「そういう言い方は楽しくないから、笑えるようにコメントして」と注文。それなりに“変化球”を考えるようになりました。 還暦をすぎて、環境も大きく変化したおっさんたちについては、ネガティブな印象で語られることが多いですが、彼らだって生まれた時から、ガンコでワガママなおっさんだったわけじゃない。 ブレイディみかこさんの『ワイルドサイドをほっつき歩け』に綴られている、“人生の苦汁をたっぷり吸い過ぎてメンマのようになったおっさんたち”に、笑いと、ほんのりした寂しさを味わいました。 ☆☆☆☆☆ 『ワイルドサイドをほっつき歩け ―― ハマータウンのおっさんたち 』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ ブレイディみかこさんは、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』が「本屋大賞2019 ノンフィクション本大賞」を受賞。そして、この『ワイルドサイドをほっつき歩け』で、史上初の著者2年連続「本屋大賞2020 ノンフィクション本大賞」にノミネートされました。 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』が、青々と茂る若葉の季節を生きる少年たちが直面する問題について語っているのに対し、『ワイルドサイドをほっつき歩け』で紹介されているのは、人生の秋を生きる“おっさんたち”の離婚、病、アルコール、EU離脱問題、失業、そして恋。 特に何度も触れられている医療制度の問題は、命に直結する問題なだけに、システムへの愛より治療では!?という気がしてしまう。 イギリスでは、完全無料の医療機関NHSと、有料の民間医療機関があるそうです。 これは、第二次世界大戦後の「ゆりかごから墓場まで」という社会福祉国家を目指す政策によって誕生した制度です。そして、1979年にサッチャー政権が誕生。新自由主義経済政策を打ち出し、「福祉国家」から「自立国家」へと舵を切ったせいで、無料で医療が受

『神さまたちの遊ぶ庭』#848

<北の国の女は耐えないからね 我慢強いのはむしろ南の女さ 待っても春など来るもんか 見捨てて歩き出すのが習わしさ> 中島みゆきさんの「北の国の習い」という歌の一節です。 わたしは関西の、そこそこ雪も降るけど、埋もれるほどではない地域で育ったので、なんとなく「北の国」には憧れがありました。この歌詞に潔さを感じたからです。 でも、宮下奈都さんのエッセイ『神さまたちの遊ぶ庭』を読んだら、幻想は吹き飛びました。 「豊かな自然の大地で暮らす」って、そんな甘いものじゃなかった。ひとつひとつの行動が命がけなのだと感じられるエッセイです。 ☆☆☆☆☆ 『神さまたちの遊ぶ庭』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 本に綴られているのは、福井から北海道に移り住んだ宮下家の日常です。子どもたちは現地の小学校に転入し、クラスメイトも先輩も数少ない中で暮らすことに。 ストーブが不調で凍死しそうになったり、遠足が雪崩の危険もある山の上だったり、「北の国」ならではなんだろうなという一年の記録。 宮下家が移住したトムラウシという町は、北海道の真ん中あたりにあります。地元では「十勝の奥座敷」と呼ばれているそう。 トムラウシとは、アイヌ語で「花の多いところ」「水垢が多いところ」という意味で、トムラウシ山は、「カムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)」として崇められてきた山なんです。 トレッキングやキャンプが好きな人にはぴったり……かもしれないけれど。1泊2日で遊びに行くのと、そこで根を張って暮らすのとは大違い。 村の人々との交流や、生活用品の買出しなど、すべてが「町中」とは違う。 宮下さんは最初こそ、子どもたちが適応するのだろうかと心配されていましたが、たくましくも柔軟な変化を見ることができます。 そして、変化は当然、宮下さん自身にも。 この町での経験を元に書き上げた小説『羊と鋼の森』は、本屋大賞を受賞し、映画化もされました。 (画像リンクです) 北の国の女が耐えないのは、待ってる間に凍死しちゃうからかもしれないなと、本を読みながら思ってしまった。心が離れてしまった人を待ってる余裕なんてない。自分の人生を歩いていかなければ。 自然の中で生きる、厳しさと畏敬の念が湧き上がってくるエピソードが満載です。

映画「ソウォン/願い」#843

映画という巨大な資本が投入されるコンテンツにおいて、作品としてのクオリティと興行的な成功は、なかなか両立が難しいもののようです。 『映画評論家への逆襲』という本の中で、森達也監督はこんな風に語っていました。 “映画を届けること、あるいは作品としての高い完成度を目指すこと。そうしたバランスはずっと悩んでいることで、テーマ性かメッセージか完成度か、あるいは興行的な成功、これは金銭的なメリットだけでなく、より多くの人に届けることができたかの指標でもあるけれど、どれをとろうかみたいな話ですよね。それらがうまくバランスがとれれば一番いいでしょうけれど、どれかを優先するとどれかが伸び悩む。” (画像リンクです) 興行的に成功した映画も撮っているけど、残念な結果に終わった映画も多い、韓国のイ・ジュンイク監督。2011年に韓国で公開された映画「平壌城」の興行が振るわなかった時、Twitterで引退を発表しました。 「今後、商業映画から引退する」 この後は“あるある”なんですが、「撮りたい話ができたら復帰するかも」と含みを残し、「ソウォン/願い」で本当に戻ってきました。 ソル・ギョングを主演に迎え、韓国で実際に起きた幼女暴行事件をモデルに、家族の再生を描いた映画です。 ☆☆☆☆☆  映画「ソウォン/願い」  DVD   (画像リンクです)  Amazonプライム配信   (画像リンクです)  ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 8歳の少女ソウォンは、通学途中に、酒に酔った男に暴行され、身体と心に一生消えない傷を負ってしまう。病院にはマスコミが殺到した上、犯人逮捕のためにソウォンの証言が必要となる。両親は娘を守るべく奔走するが、ソウォンが父親に犯人の記憶を重ねておびえるようになり……。 娘の悲劇に強烈な怒りを爆発させつつ、心の快復に全力を傾ける父役に、ソル・ギョング。小さな雑貨店を切り盛りし、お腹の子と娘ソウォンを守ろうとする母役はオム・ジウォン。そして、ソウォン役は、イ・レ。 (画像はKMDbより) この映画のすばらしいところは、興行的にも成功し、数々の映画賞でまんべんなく受賞して評価されていることです。 ソル・ギョング:第50回百想芸術大賞「最優秀演技賞」 オム・ジウォン:第33回韓国映画評論家協会賞「主演女優賞」 イ・レ:第4回北京国際映画祭「助演女優賞」 ラ・ミラン:第34回青龍映画賞「

『ありえないほどうるさいオルゴール店』#841

このお話、好きだーー!!! 瀧羽麻子さんの『ありえないほどうるさいオルゴール店』を読み終えて、思わず叫びました。北の小さな町にあるオルゴール店を舞台にした、7編の連作短編集です。 ☆☆☆☆☆ 『ありえないほどうるさいオルゴール店』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 2007年『うさぎパン』でデビューされた瀧羽麻子さん。いまは兼業作家として活動されているそう。 わたしは『ありえないほどうるさいオルゴール店』で初めて出会った方なんですが、書き込みすぎない余白から生まれる余韻が、たまらなく好きでした。 「あなたの心に流れている音楽が聞こえるんです」というオルゴール店の店主。耳の聞こえない少年、解散の危機にあるバンドメンバー、コンクールで入賞できなかった少女たちの「心の中の音楽」をオルゴールにしてくれるんです。 オーダーは、別の曲なのに、ですよ。 超能力!? と思いながら読んでいて、徐々に秘密が明かされるような、大事なところは「想像にお任せします」と放っておかれるような、その塩梅がとてもよかった。 タイトルには、「ありえないほどうるさい」とありますが、オルゴール店に音楽は流れていません。お客さんがネジを巻いたり、手回ししたりすることで流れるくらいです。 だけど、店主にとっては、世界って本当に「ありえないほどうるさい」のです。 目が見える、耳が聞こえるわたしにとっても、「ありえないほどうるさい」ものは存在するかもしれない。 たとえば、インターネット。 たとえば、噂話。 自分にとって心地よいものだけを、選んで受け取れればどれだけいいか。 わたしの母は右耳が聞こえないため、右側から話しかけると気付いてもらえません。家族にとっては当然なのだけど、知らない人にとっては「え!?」となりますよね。いろいろ誤解されることもあったようですが、補聴器を付けるのをずっと嫌がっていました。 理由は、聞こえすぎるから。 周囲の雑音も、しっかり聞きたい話し声も、同じパワーで伝わるらしいのです。その話を聞いて、人間の耳って小さいのに、すごい能力を持っているのだなと感じたものでした。 人の心に寄り添いたいなら、「ありえないほどうるさい」ものを遮断する術が必要なのでしょうね。 続編の『もどかしいほど静かなオルゴール店』や、他の作品も読んでみたい。あぁ、こういう出会いって本当に幸せです。

『星を掬う』#840

「あたしの人生は、あたしのものだ」 過去の記憶を手放す。同情にNoと言う。誰かの悪意のはけ口にならない。 自分の人生を自分の手にするために、乗り越えることは、なんて多いんだろう。 町田そのこさんの小説『星を掬う』は、登場人物それぞれが、自分の人生を取り戻していく物語です。 痛みと絶望の果てに手にした星のかけらに、慰めをもらいました。 ☆☆☆☆☆ 『星を掬う』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> ラジオ番組の賞金ほしさに、母との夏の思い出を投稿した千鶴。ラジオを聞いた恵真という人物から、連絡を受け取るが、彼女は、自分を捨てた母の「娘」だと名乗っていた。元夫の暴力から逃げるため、恵真の住まいに避難することになった千鶴。母・聖子と再会するものの、母は若年性アルツハイマーを患っていた……。 町田そのこさんは、『52ヘルツのクジラたち』で2021年本屋大賞を受賞されています。 世界一孤独な52ヘルツの「Help」 『52ヘルツのクジラたち』 #571   この小説が虐待から逃れた少年の物語だったので、ちょっと覚悟していたのですが、『星を掬う』もやっぱりイタかった。 元夫による執拗なDV、支配的な母による抑圧、母に捨てられた娘と、娘に捨てられた母。それぞれに痛みを抱えた人たちが、同居生活を送ることになり、痛みに向き合うことを覚えていきます。 小学3年のとき、氷室冴子さんの作品を読んで小説家になりたいと思ったという町田そのこさん。わたしも「こんな物語を書きたい!」と、セコセコ書いていたことがあったので、すごく共感しました。家事と育児の合間を縫っての執筆って、尊敬しかない。 門司港を舞台に新作 京都郡在住・町田そのこさんが故郷を離れぬ理由   千鶴は、母との気持ちのすれ違いを究極的にこじらせてしまい、ついには人生も崩壊させてしまうんですけど。自分が自分の人生を生きていない。言い訳の材料として母に捨てられたこと、元夫のDVを利用しているんだと気付く辺りは、『嫌われる勇気』を思い出しました。 (画像リンクです) 誰にだって不器用なところはあるはず。それは「親」だって同じ。キレイに取り繕うとするよりも、ちゃんと向き合って話すことで、関係の糸をほぐす手がかりが得られるのかもしれない。 「あたしの人生は、あたしのものだ」 こう宣言することで、心は強くなる。その先に続く道を信じたくな

映画「幼い依頼人」#838

人の話を“聴く”って、なんて難しいんだろう。 いま、“聴く”トレーニングの勉強をしていて、毎日そう感じています。 「聞くくらい、誰でもできるでしょ」 そう思いますか? 『日本国語大辞典』によると、「聞」と「聴」はこのように区別されています。 聞:音を耳で感じ取る。自然に耳に入ってくる。 聴:聞こうとして聞く。注意してよく聞く。 意識しないでも耳に音が入ってくる状態は「聞く」なんです。誰かと話をする時、上司とミーティングをする時、ほとんどの場面は「聞く」状態ではないでしょうか。 注意してよく耳を傾ける「聴く」は、声として口に出さなかった言葉までも聞き取ろうとすることです。 オトナはよく、「分からなかったら、なんでも聞いてね」と言うけれど、本当に「聴く」ができる人は少ないように思います。 「幼い依頼人」は、少女の話を本当に聴いてくれるオトナがいなかったことから起きた、痛ましい事件を映画化したものです。 ☆☆☆☆☆ 映画「幼い依頼人」 公式サイト http://klockworx-asia.com/irainin/ DVD (画像リンクです) Amazonプライム配信 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> ロースクールを卒業したものの、就職に失敗したジョンヨプ。姉の勧めで児童福祉館に就職し、相談員となる。ある日、継母から虐待を受けている“ダビン”姉弟に出会うが、ソウルの法律事務所への就職が決まり、町を離れることに。しかしその後、出世街道に乗ったジョンヨプの元に、姉のダビンが弟ミンジュンを殺したという知らせが飛び込んできて……。 「私は王である!」や「先生、キム・ボンドゥ」など、コミカルなヒューマンドラマを撮ってきたチャン・ギュソン監督がメガホンを取り、「エクストリーム・ジョブ」で、ひとりだけ捜査に熱心な刑事を演じたイ・ドンフィが主演だったので、少しはお笑いシーンもあるのかと思いきや。 全編にわたってイタかった……。 出世を目指す弁護士ジョンヨプと、虐待されて逃げ込んできた姉弟。やたらとジョンヨプに懐くのには、理由がありました。 「助けて」というメッセージを、大人たちは誰も聞いてくれない。「忙しい」「こんなことで警察にくるなんて」といった言葉を投げつけられ、どんどんとオトナへの信頼を失っていく子どもたち。 なのに、ジョンヨプだけが「間違ってない」と言ってくれたんです