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『らんたん』#963

なぜ、学ぶのか。 答えは人によっていろいろだと思います。わたしは知識を得ることで見る目を養い、自分の言葉を獲得することが楽しいと感じるし、なにより世界が広がることがうれしい。 でも、これは学んだ立場からの結果論かもしれないですね。 子どもなら、ウニョウニョして訳の分からない文字を追うよりも、野原で犬を追いかけていた方が楽しいですもん。 恵泉女学園の創立者・河井道もそうでした。 教育を受けられなかった母から諭されるも、学校から逃げ回った河井道。親の都合で三重から北海道へ移住した後、ようやく学ぶことのおもしろさに目覚めます。 女性に対する教育が当たり前ではなかった時代に、アメリカ留学を果たし、教育に生涯を捧げた人生。 柚木麻子さんの小説『らんたん』は、そんな河井道の「光をシェアする」精神を描いた小説です。 ☆☆☆☆☆ 『らんたん』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 大正最後の年。かの天璋院篤姫が名付け親だという一色乕児は、渡辺ゆりにプロポーズした。 彼女からの受諾の条件は、シスターフッドの契りを結ぶ河井道と3人で暮らす、という前代未聞のものだった……。 河井道が、「シスターフッド」の関係にあった渡辺ゆりと共に、1929年に創立した恵泉女学園は、いまでは中高一貫校となり、大学もあります。で、実は柚木麻子さんの母校でもあるそう。 恵泉女学園について | 学校案内 | 恵泉女学園 中学・高等学校   河井道は伊勢神宮の神主の娘として生まれたにも関わらず、洗礼を受け、キリスト教に改宗。アメリカのブリンマー女子大に留学する機会に恵まれるなど、高等教育を受けられた女性なんです。 道に学ぶことの喜びを教えてくれた人々が、とにかく豪華。明治から大正、昭和にかけての女性運動、女性の教育運動に関わった人たちが多く登場します。 北海道で出会ったのは、新渡戸稲造。五千円札の人です。河井道が留学する際、一緒の船に乗るんですが、長旅に飽きた新渡戸に、「日本を紹介する本を英語でお書きになっては?」と提案。それが『武士道』です。マジか。 (画像リンクです) 留学を勧め、手配してくれたのは津田梅子。現在の津田塾大学の創立者です。アメリカでは偶然出会ったご夫婦がロックフェラー家の人だったり、野口英世に会ったり。反抗的な教え子の中には、平塚らいてうがいます。北海道時代からアメリカ、東京でも「腐れ

『家守綺譚』#961

「私は、人間が“生きようとする”ための手伝いをできる作品を書きたい」 小説家の梨木香歩さんの言葉です。たしか小川洋子さんがラジオでお話されていたのを聞いたので、正確ではありませんが、こういう主旨のお話でした。 ここでは「人間が」とありますが、梨木さんの作品って、もっと広く、地球も自然も動物も植物もすべてのものが「生きようとする」ことに対しての、エールなのではないかと感じるんですよね。 梨木さんの小説には、植物が重要なモチーフとしてよく登場します。 『家守綺譚』では、間借りしてきた青年・綿貫征四郎に、庭のサルスベリが恋をしちゃう。 新人小説家と、天地自然の「気」との交歓の物語です。 ☆☆☆☆☆ 『家守綺譚』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 駆け出しの小説家・綿貫征四郎は、湖で行方不明になった友人・高堂の家を「家守」することになる。初日から家の周辺がザワザワしているが、人の気配はない。家や周囲の自然で起こる、さまざまな「怪異」との交歓がはじまる……。 滋賀県には、京都に向かって流れる「瀬田川」という川があります。日本一大きな湖である琵琶湖から、唯一「外」に流れる川。山を抜けて京都に入り、山科疎水と呼ばれる辺りは、桜の名所としても有名です。 はっきりと示されてはいませんが、『家守綺譚』の舞台は、この疎水のある山中のようです。 この周辺の学校に通っていたので、なんだかとても懐かしい匂いを感じました。木立の向こうにキラキラと輝く湖水の描写などは、かつて自分が見ていた景色とも一致します。 この、自然の描写と人との結びつきが、『家守綺譚』で描かれているんです。全二十八章のタイトルは、すべて植物名になっています 飼い犬が河童と仲良くなったり、散りぎわの桜が暇乞いに来たり。異世界と現実が地続きとしてあって、生と死もひとつの流れのように思えてきます。 家主の高堂は行方不明ですが、綿貫と会話するシーンがあります。「どうやって!?」は、これまた奇想天外なので、本編でお楽しみいただくとして。 そこに登場するのが、『村田エフェンディ滞土録』の村田くんです。 『村田エフェンディ滞土録』#960   どちらの小説も、自分の価値観と相手の価値観の違いを受け入れ、見えるものがすべてではないことを受け入れ、「生きようとする」ことの不条理と幸せを感じられる物語といえます。 高堂の家を取り巻く

『村田エフェンディ滞土録』#960

「宗教が原因で戦争が起きているのに、宗教に人を救う力はあるんでしょうか?」 大学時代、宗教学の時間にクラスメイトが質問したことがありました。宗教だけでなく、国家のメンツ、資本主義の利権は、多くの争いの元になっています。 「平和」とは、画に描いた餅、決して届かない空の星のようなものなのでしょうか。 梨木香歩さんの『村田エフェンディ滞土録』の舞台は、出身も、宗教も異なる若者が集まるアパートです。 場所は、1890年代のトルコのイスタンブール。 違いを抱えていても、対立するものでも、どちらかがどちらかを飲み込むものでもなく、違ったまま両立することができることを教えてくれる小説です。 ☆☆☆☆☆ 『村田エフェンディ滞土録』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 遺跡発掘のため、トルコに留学した村田くん。下宿先ではイギリス人の女主人・ディクソン夫人、ドイツ人考古学者・オットー、ギリシャ人の研究家・ディミィトリス、トルコ人の下働き・ムハンマドと一緒に生活している。ある日、ムハンマドが鸚鵡(おうむ)を拾ってきて……。 梨木香歩さんらしい、ファンタジーと現実が融合した、しかも異国のスパイスの香りが漂う小説です。代表作のひとつである『家守綺譚』の世界ともつながっています。 (画像リンクです) 西洋と東洋、キリスト教とイスラームと神道、男と女などなど、多くの「違い」を抱えた下宿は、神さま同士もおっかけっこして調和を探るような場所なんです。 ムハンマドが拾ってきた鸚鵡の傍若無人ぶりも、クスッとさせてくれます。「こいつ、なめてんのか!?」と言いたくなるような鸚鵡なんですが、コイツが話せる言葉は、ラストシーンにつながっていきます。 “見えないもの”をないものとし、自分の信じたいものだけを正しいと主張することが、どれだけ貧しいことなのか。見たいものだけ見る世界が、どれだけ歪んでいるのか。 ディミィトリスが村田くんに教えてくれる言葉があります。 “我々は、自然の命ずる声に従って、助けの必要なものに手を差し出そうではないか。 この一句を常に心に刻み、声に出そうではないか。 『私は人間である。およそ人間に関わることで私に無縁なことは一つもない』と。” 背景が違うからこそ、議論を尽くし、分かり合おうとする異国の青年たち。村田くんが帰国した後、戦争が勃発。 日本で友の無事を祈るしかない村田くんの

『ミシンと金魚』#959

どれだけ孤独が好きだったとしても、友だちと呼べる人が少なかったとしても、ひとりじゃない。 永井みみさんの『ミシンと金魚』を読みながら、あらためてそんなことを感じました。 主人公は、認知症を患う「カケイさん」です。人生の軌跡を可視化するライフチャートなんか書いたら、「ドン底期」しかないんじゃないかと思うほどの人生。 その中にあった、幸せの時間とは? ☆☆☆☆☆ 『ミシンと金魚』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 永井みみさんは、ケアマネージャーとして働きながら、この小説を書き上げ、第45回すばる文学賞を受賞。絶賛されているレビューをTwitterで見かけて、さっそく読んでみました。 物語は、「カケイさん」のひとり語りで進みます。というか、超絶マシンガントークで、「カケイさん」の日常が浮き彫りになっていく。 デイサービスと、息子の嫁の介護を受けながら、ひとりで暮らしている「カケイさん」。嫁の名前はかろうじて覚えているんですが、デイサービスで出会う介護士たちは、みんな「みっちゃん」という名前で認識されているんです。 その、「みっちゃん」という名前に込められた背景に、またまた壮絶な「ドン底期」を知ることになります。 継母から毎日薪で殴られ、犬のおっぱいをもらいながら育った幼少期。 女に学はいらないと教育は受けられず、古新聞を読んで文字を知った少女時代。 兄のおかげで結婚するも、夫は蒸発。先妻の息子と、自分の子どもを必死に育てた、母としての時間。 学もなく、周囲にバカにされるだけだった「カケイさん」の、唯一の特技がミシンでした。 以前、在日一世の聞き取り調査をした際、ミシンの話がたくさん出てきたと聞いたことがあります。遺品として残っているものも、旧型の足踏みミシンが多くあったそう。 外で女性が働くことが難しく、学もない女性が働こうとなったとき、初期投資の少ないミシン仕事は、家計を助けるものだったのかもしれないですね。 ミシンに夢中になり、いわゆる「ゾーン」に入ったときに、事件は起きます。 禍福は糾える縄の如しなんてことわざがありますが、「カケイさん」にとって、禍福の採算はどうだったんだろうと思わずにいられない。 ずっと搾取される側で、人間の尊厳なんて言葉も知らず、バカにされ、雑に扱われてきた人生。 それでも。 「カケイさん」は決してひとりではなかった。 デイサービスで隣に座った

『タイム・スリップ芥川賞 「文学って、なんのため?」と思う人のための日本文学入門』#951

「歌は世につれ、世は歌につれ」といいますが、「文学は世につれ、世は文学につれ」ともいえるのかもしれません。 菊池良さんの『タイム・スリップ芥川賞 「文学って、なんのため?」と思う人のための日本文学入門』は、歴代の芥川賞から、“転換点”といえる作品を紹介した本。その作品が書かれた当時の日本を知ることで、より作品世界を味わえるようになっています。 こうして通して振り返ってみると、「文学は世につれ、世は文学につれ」ってホントにそうなんだなと実感しました。つまり、近代の歴史を振り返る本でもあるのです。 ☆☆☆☆☆ 『タイム・スリップ芥川賞 「文学って、なんのため?」と思う人のための日本文学入門』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 1冊も小説を読んだことのない少年が、文学好きな博士と一緒にタイム・マシンに乗って、歴代の芥川賞受賞作家に会いに行く、というストーリー形式で進みます。 この、「タイム・マシン」と「少年と博士」という組み合わせは、完全に「バック・トゥ・ザ・フューチャー」。オープニングなんか、まさに!な幕開けでした。 (画像リンクです) 菊池良さんといえば、「世界一即戦力な男・菊池良から新卒採用担当のキミへ」で一躍有名になった方です。ネタはおもしろかったんですが、この“真顔”が怖かった……。 世界一即戦力な男・菊池良から新卒採用担当のキミへ   その後、めでたくWeb制作のLIGさんに就職。コンテンツ記事を制作されていたそうで、わたしが一番記憶に残っているのは、ゲームチェアの広告記事。当時、この“真顔”が怖かった……。 【衝撃の事実】立つよりも座る方が楽なことが判明 | 株式会社LIG   上の記事では「座るほうが楽」という結論が出ておりますけれど、5年以上経ったいま、もしかしたら結論は変わったかもしれないですね。 リモートワークをしている時、半分くらいは立って仕事をしております! 相変わらず「座るほうが楽」なんだけど、運動不足のため、お尻と足が疲れてしまう。適度に立って仕事をするようになりました。 ちなみに、アメリカ在住の友人によると、Google勤務の方はスタンディングで仕事をする方が多いそうで、理由は「座っていると、思考が止まるから」だそうです。さすがすぎる……。 閑話休題。 LIGさんを退職された菊池さん。またまた世間を騒がせたのが、『もし文豪たちが カップ焼きそ

『むかしむかしあるところに、死体がありました。』#950

子どものころから慣れ親しんできた昔話。いまではCMキャラクターにもなっている昔話の世界。 それが、ミステリーになってしまったら? 青柳碧人さんの『むかしむかしあるところに、死体がありました。』は、「浦島太郎」や「鶴の恩返し」といった昔話を、ミステリーの定型にあてはめて再解釈した小説です。 いやー、こわいおもしろいだわ。この世界。 ☆☆☆☆☆ 『むかしむかしあるところに、死体がありました。』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 新井久幸さんの『書きたい人のためのミステリ入門』には、「三種の神器」について紹介されています。 ・謎 ・伏線 ・論理的解決 書きたい人も、読みたい人も手に取りたい超一級のブックガイド 『書きたい人のためのミステリ入門』 #536   この「三種の神器」を駆使して、フーダニット(犯人は誰か)、ハウダニット(どうして・どうやって)、ホワイダニット(なぜそんなことをしたのか)の小説が紡がれていくわけです。 これを踏襲している『むかしむかしあるところに、死体がありました。』は、ほのぼのした昔話の世界を、ゾワッと血の臭いがする舞台に変えてしまう。 たとえば、「鶴の恩返し」。本では「つるの倒叙がえし」というタイトルになっています。 この「倒叙」とは、物語の出だしで犯人や犯行の様子が明かされ、時間的な流れをさかのぼって記述すること。 「つるの倒叙がえし」の場合、冒頭で“庄屋さん殺人事件”が発生します。その裏側が明かされていくのですが、途中までは「鶴の恩返し」とほぼ同様。モラハラでDVな弥兵衛と、つうの生活が描かれます。 機を織っているときは、決してのぞかないでくださいと言う、つう。 これに対して機織り部屋の奥にある襖を、決して開けてはいけないと言う、弥兵衛。 この先がまさかの展開で、ミステリーらしい復讐劇になっています。 ちなみに、石原健次さんによる『10歳からの 考える力が育つ20の物語』でも、童話探偵ブルースが「鶴の恩返し」の読み解きをしています。 ブルースによると、「鶴の恩返し」はハッピーエンドなのだそう! 『10歳からの 考える力が育つ20の物語 童話探偵ブルースの「ちょっとちがう」読み解き方』#949   “みんな知ってる”世界だからこそ、こうしていろいろ遊べるのかも。それを受け入れる昔話って、奥が深いですね。

『鹿の王』#948

いま、とても観たい映画があります。 小説の映画化あるあるな悩みなんですが、わたしが読んで感じていたお話と違うような気がして、観るのが怖くてなりません。観たいけど、観たくない。 アニメ映画化された、上橋菜穂子さんの小説『鹿の王』です。 映画「鹿の王 ユナと約束の旅」 公式サイト: https://shikanoou-movie.jp/ もともとの違和感は、映画館で予告編をみたときに起きました。 (こんな話だっけ……!?) 発刊は2014年。2015年の本屋大賞を受賞した小説です。8年も前に読んだ本だから記憶があやふやなのかもしれない。 わたしの中では、「故郷を失った男」の再生の物語でした。 ☆☆☆☆☆ 『鹿の王』上巻 (画像リンクです) 『鹿の王』下巻 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 強大な帝国から故郷を守るため、死兵となった戦士団<独角>。その頭であったヴァンは、奴隷に落とされ岩塩鉱に囚われていた。ある夜、犬たちが岩塩鉱を襲い、犬に噛まれた者たちの間で謎の病が発生する。高熱を出すも生き延びたヴァンは、幼い少女ユナを拾い、脱出する。 一方、岩塩鉱を調査した若き医術師ホッサルは、伝説の病「黒狼熱」ではないかと考え、治療法を探すことに。唯一の生き残りである、ヴァンを探そうとするが……。 飛鹿(ピュイカ)や火馬などの空想の動物と、現実にも存在するトナカイや狼など、たくさんの動物が登場しますが、宗教や食べ物は上橋さん独自の世界。これは文化人類学者としてアボリジニの研究をされた成果といえるかもしれません。 「もののけ姫」のアニメーター安藤雅司さんの監督デビュー作。制作は「攻殻機動隊」のPRODUCTION I.Gと、映画化にあたっての華やかな宣伝に触れる度、興味と不安だけがつのっていきました。 あの、壮大で膨大で繊細な物語が、どんな映画になっているのか。 いま、書きながら気が付きました。 副題が違うんです!!! 小説版の上巻は「生き残った者」、下巻には「還って行く者」の副題が付いています。一方、映画の方は「ユナと約束の旅」。 違う物語として観ればいいのかも!? 先に書いたように、この小説が発表されたのは2014年で、まだまだ東日本大震災と原発事故の痛みが残っている時でした。だからこそ、「生き残った者」という副題の重みに、ウッと刺さるような想いを抱いたこ

『ハリー・ポッターと賢者の石』#947

「あの子は有名人になることでしょう……伝説の人に」 “フツー”の家庭に預けられることになった幼いハリーに対して、マクゴナガル教授は、そう語りました。この時は、ハリーの行く末を信じつつも案じていたのですが、結局は予言通りになりましたね。 ハリー・ポッター。 小さな男の子の登場は、ファンタジーを受容する層を広げ、史上最も売れたシリーズ作品となりました。 全7巻の世界は、それぞれ映画化もされています。順番はこちら。 第1巻『ハリー・ポッターと賢者の石』 第2巻『ハリー・ポッターと秘密の部屋』 第3巻『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』 第4巻『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』 第5巻『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』 第6巻『ハリー・ポッターと謎のプリンス』 第7巻『ハリー・ポッターと死の秘宝』 J.K.ローリングはアイディアを思いついた時点で、全7巻とすることを決めていたそうですが、正直に言って。 物語としては第3巻までが抜群にまとまっていたし、中でも第1巻の「伏線」は、抜群に効果を発揮していたと思います。 ☆☆☆☆☆ 『ハリー・ポッターと賢者の石』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 「ハリー・ポッター」シリーズのストーリー自体は、古くからある物語の形式なんですよね。両親を亡くし、親類の家でいじめられながら育った子が、本来の自分を取り戻し、成長する。 それがこれほどまでに魅力的な物語になっているのは、ハグリッドが飼っている幻の動物や、ハリーがスター選手として活躍する魔法界のスポーツ「クディッチ」といった、サブストーリーにあったのではないかと思います。 荻原規子さんは『グリフィンとお茶を』の中で、『黄金の羅針盤』シリーズについてこう語っています。 “優れたファンタジーには作家の全人格が反映されるもので、たとえ理解できなくても、独特の味わいが感じ取れる。” これ、そのままJ.K.ローリングにも当てはまりそう……。 第4巻以下は、日本語版で上下巻というボリューミーな本となり、価格的にも「児童書」と呼べるモノではなくなりました。物語が複雑になったため、伏線の効果も薄まってしまったように感じます。 それでも第7巻までいくと、第1巻にすべてが詰まっていたことが明らかになるので、壮大な物語だったなーという感動は大。 もともとはJ.K.ローリングが1990年に、マンチェスターからロ

『グリフィンとお茶を ~ファンタジーに見る動物たち~』#946

物語の楽しみ方を、またひとつ知った。 現実の世界と空想世界をつなぐ、「動物」の存在。物語には欠かせないものです。 荻原規子さんの『グリフィンとお茶を』は、そんなファンタジー小説に登場する「動物」に焦点をあてたエッセイです。 ☆☆☆☆☆ 『グリフィンとお茶を ~ファンタジーに見る動物たち~』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ ファンタジー世界における動物は、ギリシャ神話や民話のイメージからとられていることが多いそうで、猪や雀、猫といったなじみのある動物はもちろん、ユニコーンやグリフィンなどの想像上の動物も登場します。 ファンタジーにおいて、絶対的に必要なもの。 それは現実世界との、しっかりとしたつながりなのだなと思わせる本でした。 本には、フィリップ・プルマンの『黄金の羅針盤』の動物=ダイモン(守護精霊)も取り上げられています。 『黄金の羅針盤』#945   小説の中に登場する「動物」を取り上げる。しかも、ファンタジー縛りで。めちゃくちゃ難題な気がするんですが、自身も物語を紡ぐ人だからこそ、気がつける違和感や共感の話に夢中になりました。 「ファンタジーって夢物語でしょ」と考えているオトナも多いようですが、それは偏見。この本を読むと、ウロコがゴソッと落ちますよ。 ヨーロッパのもの、日本のもの、時代もさまざまな児童書が取り上げられているので、ブックガイドとしても最適です。 荻原さんの、子ども時代から積み上げた読書量にアッパレを贈りたい。

『黄金の羅針盤』#945

来週の金曜日2月18日の「金曜ロードショー」で、ティム・バートン監督の「チャーリーとチョコレート工場」が放送されるそうです。 ジョニー・デップとのゴールデン・コンビは、今作でも健在。あのキッチュな世界観がたまらない映画ですよね。 宮野真守がジョニデの吹き替え!金曜ロードショーで『チャーリーとチョコレート工場』放送決定|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS   昨年の「ブックサンタ」で、原作となったロアルド・ダールの『チョコレート工場の秘密』を選ぶくらい好きなお話です。 『チョコレート工場の秘密』#885   でも、正直ちょっと子ども向けなお話といえるかも。大人も楽しめるファンタジー作品なら、だんぜん『黄金の羅針盤』シリーズがおすすめです。 現実の世界と地続きのパラレルワールド、魂が形となった守護精霊(ダイモン)など、ファンタジーならではの世界観はありつつ、ストーリーは科学と宗教による抑圧を描いた骨太なもの。 2007年に、イギリス児童文学書のための「カーネギー・オブ・カーネギー」を受賞した小説です。 ☆☆☆☆☆ 『黄金の羅針盤』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 両親を事故で亡くし、オックスフォード大学寮に暮らすライラと、ダイモンの「パンタライモン(パン)」が主人公。全3巻で、第1巻の『黄金の羅針盤』は、拉致された友人と北極探検家のおじを救うべく、北極へと旅をするお話です。 2007年には、クリス・ワイツ監督によって映画化されました。ダニエル・クレイグのイケメンっぷり、ニコール・キッドマンの輝くような美しさが際立ってましたよね。 現在、Amazonプライムで配信されているようです。 (画像リンクです) ライラの活発ぶりも夢中にさせてくれた要因でしたが、やっぱり「ダイモン」という存在がおもしろかったです。 ダイモンは大人になると形(動物)が決まってしまいます。コールター夫人の場合は猿、アスリエル卿はヒョウと、人物のキャラクターによって決まるんです。でも、子どもの頃は変幻自在。ライラのダイモンも、イタチの時が多いですが、鳥になって飛んだりもしています。 この、子どもの「自由さ」をとても感じられる物語です。 ダイモンとは一定以上離れることができない。他人のダイモンに触れてはいけない。そんなルールから、自分のアイデンティティを大事にすることは、人格形成に

『名前だけでもおぼえてください』#944

名前だけでもおぼえてください! 新入社員、営業部員に、売れないタレント。みんな、心の底から思っているのではないでしょうか。 「名前だけでもいいから……。わたしのことを認識してほしい」 安倍晴明によると「名こそ呪」となりますが、売れないお笑い芸人で、介護ヘルパーのアルバイトをしている保美にとっては切実な問題でした。 風カオルさんの小説『名前だけでもおぼえてください』は、主人公の保美が、認知症を患うおじいちゃんと漫才コンビを組む!?というお話。 テンポがよくて、クスクス笑えて、ホロリとくる気持ちよさがありました。 ☆☆☆☆☆ 『名前だけでもおぼえてください』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 売れないお笑い芸人、保美。事務所の先輩がP1で優勝し、売れっ子になったことから、介護ヘルパーのアルバイトを引き継ぐことに。ガンコで好き嫌いの多い賢造じいさんとのやり取りを見たマネージャーは、ふたりでコンビを組むことを提案するが……。 保美が、相方の「りん子」と組んでいる漫才コンビの名前は、「魚ニソン(ぎょにそん)」です。もう、この時点で、売れないんじゃ……となるおかしさがこみ上げてきます。 一方で、先輩の紹介で出会った、賢造じいさんの口の悪さが、一級品。それにまったく取り合わず、マイペースでツッコミどころを探し回る保美の根性が、プロ級。 最初からナイスなコンビだったんですよね。 「名前だけでもおぼえてください!」は、魚ニソンの漫才の定番ネタだったんですが、賢造じいさんとの交流にもつながっていきます。 だって、賢造じいさんは、亡くなった妻の名前以外は覚えようとしないんです! ワケアリの介護ヘルパーと、ワケアリの患者という組み合わせは、フランス映画「最強のふたり」を思わせる展開。実際、この小説は「漫才版・最強のふたり」といえるかも。 (画像リンクです) ガンコだった賢造じいさんが、保美のことを受け入れたのは、自分のことを「ちゃんと人間扱い」してくれたから、だったのかもしれません。 なにしろ、思い込みの強い息子は、どこにも出かけさせず、家に閉じ込めるだけだったのですから。 保美と出会い、漫才の「ま」の字も知らないのに、マイクの前に立つことになった賢造じいさん。台本は覚えないし、途中で舞台を降りようとしちゃうし、自由奔放です。それを、ツッコミ役の保美が、全力でフォローしていく。